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性的イメージとの親和性

また、東京・大阪・名古屋・札幌・福岡といった百万人から数百万人の人口を要する大都市と、数十万人規模の地方都市の間ではも、〈スクールカースト〉の顕れ方が異なる。前者のような中心都市では文字通り「コミュニケーション能力」が〈スクールカースト〉の決定要因として顕在化するけれど、後者のような郊外都市では純粋な「コミュニケーション能力」以上に、実質的な〈ヤンキー〉のカーストが高くなる。これは生徒たちの〈スクールカースト〉の高低が性的な奔放さと親和性をもっているからだ。

それは、〈スクールカースト〉が性的イメージと親和性をもっているからだ。

中心都市では十代に限らず、人々が性的にどのように動いているのかが表社会からは見えない。学校の先生や警察官、地位のある人が淫行をしていたと報道されるのは、そのほとんどが百万人以上の大都市である。不倫の現場が多いのも大都市だ。大都市はデートするにしてもホテルに行くにしても、知人に見られるリスクが小さい。つまり、中心都市は人々の性的な営み、性に関する営みが裏に隠れるのだ。

これが郊外型の地方都市ではそうはいかない。生徒たちから見れば、「あの子とあの子が付き合い始めた」とか「あの子はここまで経験した」とか、そうしたことが周りから見えてしまう。その結果、一切陰に隠れようとせずに性的な奔放さを見せつけることのできる〈ヤンキー〉と呼ばれる一群のステイタスが必然的に高くなるのだ。

もちろん、中心都市だってさまざまな地域に分かれているし、郊外都市にだって街の中心校と呼ばれるような中心都市的な特徴をもつ学校もある。だから、確定的にこう言うわけにはいかない。しかし、どんな都市であろうと、中心部ほど純粋な「コミュニケーション能力」が〈スクールカースト〉の決定要因となりやすく、周辺に行けば行くほどいわゆる〈ヤンキー〉のステイタスが高くなるという傾向はあると思う。僕は教職にある身なので、ほんとうはこういうことは言いづらいのだが、地価の高い地域ほど前者に近く、地価の低い地域ほど後者に近い、要するにそういうことだ。

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