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プロデュースし、ファシリテイトする

札幌市の学年主任は一組の担任をもつのが通例である。副主任は最後の学級、学年の三番手は真ん中の学級を担任する。つまり、この学年は七学級なので、学年主任は一組の、副主任は七組の、三番手は四組の担任になるわけだ。私はこの学年が二年生に上がるとき、学年主任を降りて生徒指導主事になった。いまでは副主任が学年主任に、三番手が副主任になっている。正直に言えば、私の現在の勤務校は地域的に、長く荒れる中学校として札幌でも名の知れてきた学校である。新しい学年主任は開校以来四十四年目、学校の歴史上初めての女性学年主任である。現在の学年主任も副主任も常に学年全体のことを考えながら仕事をする、学年主任・副主任としての風格さえ漂わすようになってきている。

人の上に立つ者がもう一つ考えなくてはならないのは、自分の次の人材を育てるということである。それには、校内人事や生徒指導体制に流動性をもたせ、下の者に任せる場面を少しずつ増やしていき、自分は少しずつ後ろに退いていくことが肝腎だ。いつまでも「あの人がいるからうまく行っている」という評価を受けるのは、評価される側は気分が良いかもしれないが、チームビルディングとして百害あって一利無しである。学級担任がどんな生徒を育てたかで評価されるのと同じように、人の上に立つ者はどんな人材を育てたかこそが評価の対象となるべきではないか。こういう意識が、実は多くの管理職や主任クラスにないのが、もっと言うなら学校教育界全体の常識にならないことが、私は残念でならない。それではいつまで経っても力量の高い教師が出るまで待つという体制が採られてしまう。力量の高い教師に仕事が集まり、ときにはその教師をつぶしてしまうことにもなりかねない。そういう悪弊が全国の職員室にある。厳然としてある。しかし、教育を仕事としている者の組織が、人を育てることに意識が向いていないなどということはお笑いぐさではないのか。シャレにもならない。

管理職や生徒指導主事、大規模校の学年主任の仕事をひと言でいうなら、私は「プロデューサー」であると感じている。自分が責任をもっている子どもたちに対して、自分自身が常に直接的に指導できるわけではない。例えば私なら、七学級中授業でもっているのは四学級。残りの三学級の生徒たちとは直接指導している四学級に比べてどうしても人間関係は薄くなる。そうしたとき、孤軍奮闘する学年主任や生徒指導主事も決して少なくない現状がある。しかし、それは背理なのである。自分が直接かかわれない生徒にも直接にかかわっている教師がいる。その教師たちを育てるほうが、長い目で見たときには生徒指導上機能的であり、自らの責任を果たすことにもつながるのだ。

しかし、管理職は多くの場合、人を育てることではなく、これを人事の変更で行おうとする。主任クラスも管理職がその方針であるから、もともと力量の高い教師を自分のもとに集めようとする。力量の高い教師とは、学級を荒らさず、生徒指導ができて、多くの経験をもち、できれば他人のフォローまでできる教師のことだ。だが、こうした方針はまず間違いなく失敗する。一つの学校にそんな力量をもつ教師がそう何人もいるはずがない。そこで有限のコマをみんなで取り合おうとすることになる。春の校内人事が遺恨を残すことさえある。

しかし、いまある人材は有限かもしれないが、いまいるメンバーを育てて「人材にしていく」発想で考えるなら、実はその可能性は無限なのである。

人は環境に影響を受ける。人は人との関係によって力を発揮すれこともあればしないこともある。やる気になることもあればならないこともある。いまどう見えるかだけでもって生まれた資質であると考えるのは早計である。その人を仕事のできない人、仕事をしない人、ふてくされている人にしてしまっているのは、他ならぬ自分自身なのかもしれないのだ。その発想を人の上に立つ者はもちたい。

人の上に立つ者の仕事は「プロデュース」である。教えるべきことは徹底して教え、任せるべきは大胆に任せる。大胆に任せたとき、任された教師と任せされた教師がアイディアを融合させて、プロデューサーが想像もしなかった新たな価値、新たな手法が生まれることもある。そのとき、プロデューサーの仕事はそんな新しいものをバックアップすることに移行していく。チームビルディングはプロデュースであり、ファシリテーションなのだ。

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