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学力形成派が増えてきた

さて、ここまで、便宜上教師のタイプを学力形成派と人間形成派との二つに分け、それぞれを純化して両者の違いを大袈裟に表してきました。現実には、どちらかに一方的の視点しかもっていないなどということはなく、両者の中間的な位置にいる教師が圧倒的多数です。

しかし、両者の視点をバランスよく五分五分でもっているという教師もいないというのも現実です。すべての教師が必ずどちらかに偏っています。6対4とか4.5対5.5とかであればかなりバランス感覚をもった優秀な教師であるといえますが、多くの教師は7対3とか2対8とか、どちらか一方に大きく偏っているというのが現実なのです。

かつての学校では、それもほんの十年くらい前までの学校には、学力形成派よりも人間形成派の教師が圧倒的多数でした。少なくとも私にはそういう実感があります。

もちろん、小学校から中学校、中学校から高等学校と、子どもたちの発達段階が上がるに従って、学力形成派教師の割合が増えるという傾向はありました。また、高校では進学校になればなるほど学力形成派が多く、いわゆる底辺校に近づけば近づくほど人間形成派が増えると...いう傾向もありました。しかし、高校の先生方でさえ、その数では人間形成派が学力形成派を圧倒していたように思います。

それが最近、急速に変化してきています。何の根拠もない私の感受に過ぎないのですが、先生方の多くが学力形成派になってきている、そんな兆候を感じるのです。おそらく、①教師に対する行政の管理が厳しくなり、教員評価制度が定着して数値目標が設定されるようになったこと、②保護者クレームの増加によって、教師が自らの個性を発揮しての教育活動をしづらくなったこと、③二○○○年前後から「ゆとり教育」の反動として、文科省からも「学力向上」が大きく喧伝されたこと、そして何より、④世論が「学力向上」路線を支持しているような空気がこの国に醸成されていることなどなど、様々な要因があるように思います。

意識的にしても無意識的にしても、学力向上派になりますと、学習指導要領や教育政策、系統主義的の教育観や教育理念、教材論や授業論など、子どもたち以外のところに目が向いていきます。学力向上というときの「学力」は、かつての「新学力観」とは異なり、どうしても子どもたちの外にある一般教養や受験学力に重きが置かれがちだからです。これが教師の目を曇らせ、子どもたちの実態から乖離したところで、或いは浮遊したところでカリキュラムが立てられてしまう、こういう悪弊を招きやすい構造があります。

では、人間形成派になればそれを回避できるのかといえば決してそうではありません。彼らは自らの経験を絶対視する傾向が強いですから、「教育は人間形成だ」と強く叫ぶ人ほど子どもたちに自分の敷いたレールの上を歩かせたいという欲求を強くもつ傾向があります。部活動の熱心な指導者などはほとんどがそのタイプだと言って過言ではないでしょう。そして、自らの経験のポジティヴな側面を肯定してくれる、そういう理念ばかり収集して理論武装する……そういう人が少なくありません。

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