格差社会が学校を襲う
数年前。宿泊学習の代金支払いのギリギリの締め切り日のことです。明日いよいよ宿泊学習という日、その母親は私の目の前でうなだれていました。今日、支払わなければ娘は宿泊学習に行けない。勤務校は各家庭からの支払いを旅行会社に委託しているので、本当に今日払わなければ行けないのです。
代金は一万六千円。数日前に私のところに三千円をもってきて、今日は八千円。自分の親に頼んでなんとか八千円工面してきたけれど、どうしても五千円足りない。娘に宿泊学習に行けないなどという思いはさせたくない。母親はたった五千円のことに職員室で人目もはばからず涙を流しました。
結局、私は五千円を立て替えました。学校では「立て替えはダメ」と事前確認がなされていましたが、私は母親が帰ってから電話をし、「僕が立て替えますよ。だから、○○ちゃんには明日普通に準備させて学校に出してください」と言いました。朝になって学年の先生には、昨夜遅くに残りの金額を持ってきましたと嘘をついて。その母親は結局、その五千円を私に返すのに数ヶ月を要しました。次の年、その母親の娘さんは修学旅行を欠席しました。宿泊学習代の一万六千円がこの状態ですから、修学旅行の五万八千円はさすがに無理だったのでしょう。
いまでも、その母親を学校近くのコンビニのレジで見かけますが、私が行くと申し訳なさそうな顔をして目を伏せます。
私はいまこの原稿を書いていますが、かかった時間はたった十五分です。この原稿料が五千円。その一方で同じ金額に人目をはばからず涙し、数年経っても仕事場に偶然に来た客に目を合わせられなくなる人がいる。なのに、おそらく私の原稿料は入金されたか否かが確かめられることもなく、日常のカードによる買い物に紛れてしまうに違いありません。格差社会…。ふとこんな言葉が私のなかに実感を伴って襲ってきたのでした。
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