若い世代こそが思考革命をもたらす
関西に伊藤慶孝くんという若き実践者がいます。中学校の美術教師です。五年ほど前だったと思いますが、あるセミナーで彼と初めてお会いしました。そのセミナーでは私も彼もともに講師という立場でしたから、セミナーの終盤にはシンポジウム形式で一緒に登壇する機会がありました。
そこで私は衝撃を受けました。彼はこう言ったのです。
「教師はきれいごとを言えなければならない」
読者の皆さんにこの衝撃が伝えられるかどうか、甚だ自信がないのですが、取り敢えず説明してみます。
私はそれまでの人生において、「きれいごと」という言葉を肯定的な文脈で聞いたことが実は一度もありませんでした。しかし、伊藤くんは間違いなく、この言葉を肯定的な文脈で用いたのです。眼ヂカラを込めある種の熱意を込めて、集まった百数十人に語ったのです。百数十人の聞き手に指さすほどに力んで語る伊藤くんの映像を、私はいまでもはっきりと思い浮かべることができます。
この瞬間、私の頭がフル回転を始めたのをよく覚えています。自分にない世界観が次々に開けるのを感じました。「教師はきれいごとを言えなければならない」という伊藤くんのたったひと言によって、私の頭のなかでは、私がそれまで二十年近くにわたって積み上げてきた教育実践論の数々を〈きれいごと肯定論〉という基準によって組み替える作業が行われました。要するに体系の組み替えです。パラダイムシフトと言ってもいい。そういう作業がめまぐるしく行われたのです。
このときの経験がもとになって、私はその後、たくさんの原稿を書きました。本になったものも一冊や二冊ではありません。伊藤くんのひと言によって、私のなかで新たなコンテンツが、しかも大規模なコンテンツが一つ生まれたのです。
実は私の教師生活においてこれほどのパラダイムシフト、思考革命を起こしてくれたのはたった二人しかいません。野口芳宏先生と伊藤慶孝くんです。しかも野口先生が一年ほどをかけてじわりじわりと私に思考革命を起こしたのとは対照的に、伊藤くんはたったひと言、しかも本人さえそれほど強く意識していないであろう言葉によって私に革命を起こしたのでした。おそらくこの現象は伊藤くんの問題ではなく、私の年代的な構えの問題なのでありタイミングの問題なのでしょう。伊藤くんがこの文章を読んだら、きっと恐縮するに違いありません(笑)。
ただ私が言いたいのは、一人の人間にパラダイムシフトを起こさせるほどの触媒として機能するのは、多くの場合、世代的に離れた人間なのではないかということなのです。
同世代というのは簡単に言えば同じものを見、同じことを経験してきた人たちのことです。そうした共通感覚というものが仕事を機能させる場面というのは確かにあります。例えば二○○○年代の半ばから後半にかけて、私がいわゆるアラフォーだった頃、私の保護者対応はそれほど意識しなくてもうまく行くことが多かったと実感しています。中学生の保護者というのは主にアラフォーですから、保護者と感覚がとても似通っていたのです。同い年の保護者というのもかなりいて、あの頃は保護者との懇親会の二次会でよくカラオケに行き、佐野元春とか大沢誉志幸とかハウンドドッグとかをみんなで歌いながら、ずいぶんと盛り上がったのを覚えています。
同世代というのは一緒にいて心地よいことは確かなのですが、自分に革命的な変化をもたらしてくれるような異質性というものをもってはいません。同じようなものに笑い、同じようなものに腹を立て、同じようなものに感動し、同じようなものを消費してきた経験をもつ、そんな人々に過ぎないわけです。
世代的に離れた人たちは違います。人間の思考を形づくる根幹のところで異質であることさえ少なくありません。しかも自分の年齢が上がってくるとともに、世代的に離れた年長者はどんどん思考を硬直させていきます。簡単に言えば新しい提案をしなくなるわけです。提案に深みは出てくるものの、広がりや真新しさは影を潜めます。でも、若手は違います。自分には見えていないものをたくさん見ています。自分がもっていない世界観をたくさんもっています。最近十年の社会情勢に対する解釈さえ、世代が十年離れればまったく異なる、そんなことさえよく見られます。
四十代に差しかかった頃から、私は意識的に若い世代と交流することが必要なのだと感じています。特別に議論するとか、特別に飲みに行くとか、そんな必要はありません。日常的に接する機会を増やす、それだけでいいのです。それだけで私が伊藤慶孝くんによってもたらされたようなパラダイムシフト、思考革命がおそらく起こるのではないか、私はそんなふうに感じています。
しかも年長者からは人は抵抗なく学べるものですが、若い世代からは意識しなければ学べないものです。特にふた世代以上離れるとなかなか学ぼうという気は起こりません。それだけに意識して学ぼうとする構えがとても大切なのです。
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