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十年後を考える

あなたは毎日、何時に退勤しているでしょうか。七時でしょうか。九時でしょうか。毎日十時をまわってるな……なんて人もいるかもしれません。

では、あなたは、一つ一つの仕事にどのくらい時間を使っているでしょうか。それを意識したことがあるでしょうか。例えば学級通信を一枚書くのに、あなたは゛とのくらいの時間と労力をかけているでしょうか。周りの先生方の学級通信に眼を通す。なにか時事ネタはないかとインターネットを開く。文章を書き始めれば、今回の内容にふさわしい格言はないかと探し、辞書を引きながら言葉を探す。そんな書き方をしているはずです。

あなたの教室には、自腹を切って買って来たものがどのくらいあるでしょうか。可愛い検印や連絡用のホワイトボード、プリントをはさむためのファイル、小物を整理するためのちょっとしゃれた小物入れ……。どれも四月に、百円ショップや雑貨屋に足を運んで買いそろえてきたはずです。それも退勤後の一つの楽しみだったはずです。

では、こう考えてみましょう。十年後、あなたは三十代になっています。あなたは三十代になっても、その仕事の仕方ができるでしょうか。あなたは結婚しているかもしれません。もしかしたら子どももできているかもしれません。ご両親に介護が必要になっているかもしれません。隣の学級に自信のない、仕事もままならない後輩がいて、そのフォローに奔走しているかもしれません。そして何より、いまあなたをフォローしてくれたり相談に乗ってくれたりしている同僚の先輩教師は、もうあなたを一人前だと認識していてフォローしてくれる存在ではなくなっているのです。

一つ一つの仕事に対して、いま現在の時間のかけ方、いま現在の労力のかけ方、いま現在のお金のかけ方は間違いなくできなくなります。毎日、子どもの保育園の送り迎えをしなければならないかもしれません。家族サービスをしなければならなくて、週末をあてにできなくなるかもしれません。たまに外食したり、思い切って買ったマンションのローンがあって、細かく金額を計算しながら過ごす毎日になるかもしれません。生活とはそういうことであり、大人になるということはそういうことです。

時間も、労力も、お金も、自分だけの判断で自分の思いどおりに使えるのは、実はいまだけなのです。

しかしながら、私は、だから時間と労力とお金の節約を始めなさい、と言いたいわけではありません。もう少ししたらそれらのインフラがなくなってしまうのだから、いまのうちに思う存分に費やしたほうがいい、と言いたいのです。

ただし、一つだけポイントがあります。

どうせ時間をかけるなら、漫然と時間をかけないで、時間をかけられなくなったときにはこれをカットしようとか、これをセーブしようという優先順位を考えながら身取り組んでみてはいかがでしょうか。どうせ学級通信のネタを集めるなら、十年後にも使えそうなものを集めてみてはいかがでしょうか。どうせ授業プリントを一枚つくるのならば、十年後にも使えそうなしっかりしたものをつくることを意識したほうがいいのではないでしょうか。百円ショップや雑貨屋で教室環境グッズを買いそろえるならば、そのときのノリで買うのではなく、少しくらい高くても今後十年くらいは使えそうな丈夫で長持ちしそうなものを買ってみてはいかがでしょう。本を選ぶのも「十年後にも役立ちそうなものは?」という観点を抱くだけでずいぶんと変化が訪れそうです。

時間も、労力も、お金も、ちょっとだけ遠くを見てみると、その使い方を考えるようになります。無駄にしたくないなと思うようになります。私は若いうちに、自分の生活レベルのことについて「自分の頭で考えてみる」ということがとても大切だと考えています。

もちろん、十年後のために買ったのだからと、その後十年間それを断固として使い続けるなんていう頑固さはいりませんが、少なくとも自分自身で考えてみたということが、その後変わるにしても変わらないにしても大きな成長につながると思うのです。

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