ピン芸人を目指す
私は多くの研究団体で学んできました。三十歳の頃には国語教育だけで十七もの研究団体に所属し、毎週末にどこかしらで研究発表をしていました。
私はその後、幸いにして国語教育関係の書籍を上梓できる立場になりましたが、私の国語教育に対する考え方の基礎はこの時期にでき上がったと言えます。国語教育はさまざまな論者がさまざまな主張をしています。諸派諸説が乱立する世界です。そうした毛色の異なる研究団体で毛色の異なることを同時に学んだことが私の国語教育観を形づくっていると言って間違いありません。私の国語教育実践は基本的に、日本文学協会の国語教育部会で学んだ文学教育と言語技術教育学会で学んだ言語技術教育とを融合した地点にあります。経験主義的な認識教育の権化のような国語教育理論と、系統主義的な実用教育の権化のような国語教育理論、要するに国語教育界の対極にあるような理論・実践を私なりに整理したところにあるわけです。
国語教育に限らず、教育実践の研究というものは〈創造性〉が鍵になります。〈創造性〉は一般的にこの世にないものを創り出すことというイメージがありますが、人間がゼロからなにかを創り出すということはあり得ません。必ず先行する理論や実践があって、それらを融合したり、多くの人が過小評価している事柄に注目して別の枠組みを提示したり、その別の枠組みからさまざまな理論・実践を整理しなおしたり、そうした営みのことなのです。つまり、できるだけ毛色の違う理論・実践に広く接しているほうが〈創造性〉が培われるということが言えます。
特に、一般的に対極にあるとされるものを融合したり、一見まったく関係性が見られない二つのものを組み合わせたりということは、人の〈思考〉を活性化させ、〈創造〉を喚起するものです。私は若いうちから意図的にそういう場に身を置くことが大切だと考えています。
しかし、社会は若者の〈創造性〉を促すようにはできていないところがあります。官製・民間を問わず、多くの研究団体は常に若者を自分たちの組織に取り込もうとします。有望な若者ほどそういう誘いを受けます。しかも、他の研究団体に所属しながら自組織でも活躍してもらうという発想をもちません。その結果、「この組織だけで学べ」「この組織で学ぶことこそが最も成長を保証するんだよ」という論理で手を換え品を換えて囲い込もうとします。それに乗せられてしまうか、すべてに適度な距離感をもってフラットな地点に留まるか、まだ世の中の構造を理解できていない若い段階で迫られるその判断が生涯の教師生活を決めてしまうところがあります。
私は「学びの場を一つにしぼれ」という圧力をかけてきた組織からは離れるという判断を常にしてきました。いま考えても、その判断は正しかったなと感じています。学びの場を一つにしぼることは、先に言った〈abstract〉と同じ構造をもちます。一つにしぼることは研究の対象、学びの対象を〈抽象化〉することであり、他の研究、他の学びの可能性を〈捨象〉することです。まださまざまな可能性をもっている時期に、まだその他の可能性を理解できていない時期に、いろんな可能性を捨ててしまって良いわけがありません。
いまでもさまざまな教育運動体が若者を囲い込もうと手を換え品を換えて働きかけています。FBのグループをはじめ、さまざまなSNSで囲い込みを図ろうとする動きもあります。そうと気づかないままに囲い込まれる若者が後を絶ちません。そういう若者たちを見ていると、私は残念に思えてなりません。
教育界に限らず、運動体というものは立ち上げのときには諸派乱立から始まります。それぞれがそれぞれの主張を展開して活況を呈するものです。しかし、数年が経って運動の形が整ってくると、必ず運動体の代表がしめつけを始めます。「学びの場を一つにしぼれ」と言い出します。メンバーに他の可能性を捨てさせようとし始めます。運動立ち上げの頃に貢献した実力者が切り捨てられます。十年が経った頃には、ヒエラルキーが形成され、ある種の宗教のような構造を示し始めます。私はこのことを「教育運動は十年経つと宗教化する」という言い方をしています。
私も「研究集団ことのは」という小さな組織の代表を務めていますが、こういう考え方を基本としている私は、所属する若者たちに「堀の追試をしようなんて考えるんじゃない」「他の場にたくさん行って学んで来なさい」といつも言っています。その結果、「研究集団ことのは」は私とはまったく異なる発想で、独自の提案をしている人をたくさん輩出してきました。私が「ピン芸人」と呼んでいる、一人で勝負できる実践者をたくさん輩出してきました。そして彼らの提案が代表である私に多くの学びをもたらし、更に組織を活性化させるという結果になっています。組織とはこういう在り方こそが理想なのだと私は考えています。
学びの場は決して一つしぼってはいけないのです。私が二十代のみなさんに声を大にして言いたいことです。
| 固定リンク
「書斎日記」カテゴリの記事
- なぜ、堀先生はそんなに本をたくさん書けるんですか?(2015.11.22)
- 出会い(2015.10.28)
- 神は細部に宿る(2015.08.20)
- スクールカースト(2015.05.05)
- リーダー生徒がいない(2015.05.04)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント