先の見えない方を選ぶ
最近の若い人に見られるもう一つの特徴は、失敗を極度に怖れるということです。もしかしたら「そんなことないよ」という読者もいらっしゃるかもしれませんが、長年若者たちを見ていて、最近このことを特に感じます。
確かに世の中は失敗に寛容ではなくなりました。学校現場にも確かにその傾向があります。管理職は保護者からのクレームを極度に怖れているところがありますからね。ひと昔前と違って、子どもを育てること以上にクレームをもらわないことを優先する決定というのを私も幾度か見てきました。
でも、それは管理する側の論理であって、前線で仕事をしている学級担任がそういう心持ちで仕事していては、うまく行くものもうまくいかなにくなってしまいます。失敗から学ぶというのが一番学びとしては身になります。クレームをもらったときに誠実に謝罪することによって許してもらったという体験、小さなミスをして気づかなかったことがかえってそれを取り返すのに時間と労力を費やすことになってしまったという体験、こういう体験こそがあとで振り返ると一番良い学びになったということはよくあるものです。
あっさり言ってしまえば、仕事にはコストもかかればリスクもあるということです。しかし、そこでコストを支払うことを忌避したりリスクを取るのを避けたりすれば、やはりコストを支払わなかったなりの教員人生、リスクを取らなかったなりの教員人生にしかならないわけです。しかも、これだけ変化の激しい時代ですから、無難に生きようとした教員人生がかえって無難にいかなかった……なんてことにもなりかねません。やはり、時間と労力はかけなければならないのだと腹を括ることが大切なのだと思います。
私は二十代の指針として「先の見えない方を選ぶ」という言い方をしています。
実は、私は新採用から十七年間、演劇部の顧問をしていましたから、ステージ発表の指導を得意としています。自分で脚本も書きますし、演出もそれなりにできます。
私の学級用ステージの定番に「ミッキーマウスとゆかいな仲間たち」というステージ発表があります。学校祭で最初に上演したのは一九九四年、私が新採用から四年目のことでした。ディズニーキャラクターの被り物をたくさんつくって、衣装もたくさんつくって、舞台装置もたくさんつくって、学級でつくるステージ発表としてはかなり大規模なものでした。ステージは大成功で、学級の生徒たちも大きな満足感を得ましたし、全校生徒からも同僚からも保護者からも拍手喝采をいただきました。
以来、それと同じステージを私は学校祭で二回行いました。でも、確かにステージ発表としては成功しているのですが、初めてやったときのような楽しさがないのです。私にもないし、生徒たちにもないのです。私は「はて?」と考えました。そうして到達した結論は、「ははあ、初めてやったときには自分にも生徒たちにも先の見えない状態でつくっていった。だから毎日がアイディアの出し合いであり、毎日が壁への挑戦であり、毎日が試行錯誤の連続だった。だからこそ、終わったときにはあれだけの満足感を得られたのだ」というものでした。二回目、三回目とやっていくと、私のなかには既に完成イメージがあって練習をステートさせますから見通しはもてます。でも、私のなかにはドキドキ感もなければワクワク感もありません。そのドキドキ・ワクワクのなさが、生徒たちを初めてやったときのようには盛り上げないのです。
確かに私が定番としているステージ発表ですし、大規模なステージ発表でもありますから成功はするのです。みんなからそれなりの評価は得られますし、生徒たちだってやって楽しかったとは言うのです。ただ、私だけが知っている、あの初めてやったときのような躍動感はない。私にも生徒たちにもない。そういう状態になってしまうのです。
さて、みなさんにはこの構造がおわかりでしょうか。
そうです。私は目の前にある確実な成功を選んだわけですね。「先の見える方」を選んだわけです。ほんとうは「先の見えない方」を選んで、明日はどうなるか、本番までにほんとうに完成するのか、おいおい、こことぜうする?とやって行った方が、ドキドキ・ワクワクしながら進めて行けたのに、私に先が見えているからどうしても小手先の技術に走り、小さくまとまってしまうわけです。
それ以来、私はどんなに成功したステージ発表も二度と再び上演するということをしなくなりました。
実はこういうことは世のなかにたくさんあります。私は全国を講演やセミナーでまわることが多いのですが、そんなときでも新ネタを話すときには失敗しても楽しいのに、方々で何度もしゃべっている内容のときには成功しても楽しくない。しかも、新ネタのときには失敗しても自分の成長を感じられるのに、いつものネタのときには成功しても消化試合みたいに盛り上がらない。そんなことがよくあります。
先の見える方を選ぶのが成功のコツ。
先の見えない方を選ぶのが成長のコツ。
成功と成長。あなたはどちらを選びますか?二十代のみなさんには、胸を張って、「私は成長を選ぶ」と言って欲しいのです。時間と、労力と、お金がかかることを厭わずに。
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