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通知表の所見欄──書き方十か条

昨年度のことである。1年生34名を担任した。2学期末のとある金曜日、隣の席の若い女性担任が通知表所見と格闘していた。勤務校の所見は二百字弱である。

「何人書いたの?」と僕が訊くと、「いま8人目です」とのこと。僕が更に「締切いつだっけ?」と訊くと、彼女は「来週の月曜日です」と応える。あらら…。それじゃあ、今日中に片付けないと間に合わないじゃん。僕は一週間が見開きの手帳を使っている。今日は来週の頁を一度も開かなかったから、どうやら月曜日の通知表締切を失念していたらしい。

時計を見ると16時10分である。しょうがねえなあ…と思いながら、僕は校務用のパソコンを開いて、所見を打ち始めた。何も資料を見ることなく、立ち止まって考えることもなく、ただ集中して打ち込む。34人分を打ち終わると同時に、パソコンを閉じた。

「えっ?できたんですか?」

隣の女性担任が驚きの声を上げる。

「うん。できたよ。」

そう言って、彼女のパソコンを覗き込む。彼女は12人目を打っていた。時計を見ると、16時50分だった。

「じゃ、お先に…。」

羨ましそうな、それでいてどこか恨めしそうな、そんな彼女の視線を背中に感じながら、僕は職員室を後にした。

一 通知表所見十箇条

若い教師はもちろん、ベテラン教師にも意外と多いのが通知表所見を苦手にしている人。学期末になると、職員室に憂鬱そうな顔が並ぶ。原理・原則をしっかりと確認して、「いい文章」「格好いい文章」よりも、「伝わる文章」を書くことを心がると良い。

第1条
「記録として残る」を念頭に置くべし
通知表は一生残るものです。あなたの両親だって、あなたが小・中学校でもらった通知表をいまだに大切に保管しているのではないでしようか。両親のみならず、ときには祖父母や親戚が集まって、子どもの成長を語り合うときの話の種にもされるものです。問題点の指摘はもちろん、粗雑な言葉遣い、正しくない言葉遣いも避けなければなりません。

第2条
1年間の見通しを持つべし
通知表所見を書くにあたっては、各学期に大筋でどのようなことを書くのかについて、明確に意識しておくことが大切です。
1学期 長所の発見と肯定的評価
2学期 1学期からの成長点の評価
3学期 更なる成長への期待

第3条
所見でしか書けないことを書くべし
「国語を頑張りました」「生活委員として責任感をもって取り組みました」など、評定欄や特別活動の記録、行動の記録を見ればわかることを、繰り返すだけでは意味がありません。成果や活動の様子をかみくだいて、所見でしか書けないようなことに絞って書くべきでしょう。

第4条
担任の目を最大の武器にするべし 
子どもたちの学校生活について最もよく理解しているのは学級担任です。学級担任は、自分の目に自信をもって所見を書くべきです。

第5条
すべての子に平等に書くべし
子どもたちの中には所見を書きやすい子と書きにくい子がいます。どちらかというと、目立たない子の所見は書きにくいものです。それが無意識のうちに「所見の分量の差」や「所見のパターン化」に繋がっていきます。しかし、最近の子どもたちは昔と違い、互いに通知表を見せ合うことが多いようです。分量に差をつたりパターン化に陥ったりということは、絶対に避けなければなりません。

第6条
あくまで本当のことを書くべし
褒めるところがなくて、書くことに困って、その子が本当にはできていないことをさもできているように記述してしまったことはありませんか。これは通知表をもらった本人にとっては、事実に反する「お世辞」に見えてしまいます。

第7条
〈エピソード+評価言〉を基本とすべし
二文で書くのならエピソードを一文、評価言を一文、三文書けるのならば、これに学習所見を加えたり、エピソードをもう一つ付け加えたりということもできます。いずれにしても、基本は「エピソード+評価言」で構成することです。

第8条 100%褒め言葉で構成すべし
子どもの批判を通知表所見に書くということは、実は日常の指導がしっかりとなされていないということをあらわしています。所見で書くべきことと、日常の指導で行うべきこととを明確に分けて意識することが大切です。所見では100%褒め言葉に徹することが大切なのです。

第9条
課題ではなく期待を書くべし
「~が来学期の課題です」と書かれるよりも、「来学期、~を期待しています」と書かれた方が、抵抗なく読むことができます。

第10条
できれば自己評価をとるべし
できれば、事前に自己評価をとってから書くと良いでしょう。

二 ライターズ・ハイ

作家が夢中になって、ある種の陶酔状態になって原稿を書くこと、これを「ライターズ・ハイ」と言う。真夜中にラブレターを書くような状態を思い浮かべればわかりやすいかもしれない。あとで読むと自分でも恥ずかしくて先を読めなくなってしまうような、ある種異常な心持ちで書かれた文章がライターズ・ハイで書かれた文章である。

真夜中のラブレターは素人が書くからそうなってしまうわけだが、教師は作家がライターズ・ハイで整合の取れた文章を書けるように、少なくとも子どもを描写し評価する文章くらいは書けるようになるべきではないか(もちろん、作家ほどうまい文章が書けるようになる必要はないけれど)。そんなふうに感じている。

僕が約40分で34人分の通知表所見を書けたのは、①長年の経験によって数数の文例が頭に入っていること、そして②周りを遮断し、自己陶酔にも似た状態をつくって夢中になれる、即ち「ライターズ・ハイ」の状態に自分をもっていけること、この二つが備わっているからなのである。前節で挙げた十箇条が自らのなかに溶けるほどに精進すれば、きっとだれもがその域に達することができると信じている。

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コメント

はじめまして。

通知表の所見の欄に悩み こちらに辿り着きました。
中学生の保護者です。


子供は目立たないマイペースな生徒です。
大人しく特に授業態度に問題はないと思います。

成績は普通。
所見内容は、
「・・できない、・・が足りない、・・もいいけど」・・

普段の学校生活の中で、何かしらのアドバイス等があったわけではありません。
直接、口頭で本人にアドバイス頂けたら、と残念です。

今年も担任になってしまいました。
辛いです。

少し担任にお話ししてもいいものでしょうか?
保護者会の後、先生にお願いしたいのです。
前向きにお願い致しますと。
それとも学年主任に相談した方が良いのでしょうか。

子供も子供なりに頑張っています。
是非良いところを見つけて欲しいのです。
親子共もっともっと頑張ります。


子供には「親が先生に嫌われて。来年は違うクラスになれるかも」と言われてしまいました。
いかが思われますか?

投稿: マイペースさんの親 | 2015年4月 7日 (火) 17時49分

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