〈情〉を制すのが近道である
教師には転勤がつきものです。教員人生で一般に六~八校くらいは経験します。みなさんは三十代ですから、既に一~三回の転勤を経験しているはずです。転勤はこれまでをリセットして新たな気持ちで始められるという利点もありますが、仕事の作法が前任校と異なっていて戸惑ってしまうストレスの大きな転換点でもあります。
三十代以上になって転勤すると、まず間違いなく浮かんで来るのが「この学校はおかしい……」という疑問です。二十代の転勤なら「まあ、こんなものかな」となにも感じないところを、三十代はある程度仕事も覚えていますからいろいろなことに疑問をもってしまいます。その結果、転勤当初はかなりストレスを感じながら仕事をするということになります。なかには学年会議や職員会議で堂々と改革を提案する教師もいます。自分に自信をもっている教師に多い在り方です。
しかし、私はこれをよくないと思っています。
新しく赴任した学校の仕事の作法をおかしいと思うのは、自分がまだまだ前任校の慣れ親しんだ仕事の作法に囚われているということです。前任校を規準に判断しているということです。判断する眼に大きなバイアスがかかっているということです。実は前任校のやり方だって、一つの学校のやり方に過ぎないのかもしれません。そこに慣れている自分の感覚が一般的である保証はどこにもありません。多くの場合、自分の眼のほうが偏っているのです。
百歩譲ってその学校の在り方がおかしいのだとしましょう。しかし、あなたが即座に気づく程度のおかしさにその学校にもともといた先生方が気づいていないなんてことがあり得るのでしょうか。その学校にはそのおかしさをそのままにしておく方が都合が良い、もしかしたらそんな事情があるかもしれないのではないでしょうか。そしてあなたにはまだ来たばかりだからそれが見えていないのではないでしょうか。
私は五十に近くなったいまでも、転勤して最初の一年間はどんな仕事に就いてもなにも改革しないことにしています。その学校がどういう理念で、どういう作法で動いているのか、それを把握することに専念します。その組織のことをよくわかっていない人間がなにか一つを変えることによって、あらぬところに悪影響が出るということがあります。風が吹けば桶屋が儲かるように、こちらの部署の仕事とあちらの部署の仕事が裏でつながっているということがよくあります。新しく着任した人間には絶対に見えないレベルでです。改革はそれが見える人にしかできないのです。
そもそも新しく着任した人には、その学校を愛する気持ちがありません。その地域に対する愛着もありません。早急な改革というのは、実は〈情〉がないからできるのです。そして〈情〉のない人の提案を一般的に人は受け入れません。もちろん職員会議で通すことは不可能ではありません。声の大きい人の提案や正しいことを論理的に主張する人の意見に異を唱えること一般に難しいことですから。しかし、その提案がたとえ職員会議で通ったとしても、もともといた先生方がそれを機能させてくれない可能性さえあります。人間の営みとは〈情〉を制しない限りは機能させ得ないのです。学校改革はその学校を愛する者にしかできません。
だいたい転勤せずに同じ学校に勤めていたとしても、新しい管理職が来れば「この管理職のやり方はおかしい」と違和感を抱くのです。学校が変わったのですから、少しくらい自分の作法に合わないことがあるのは当たり前ではありませんか。
ただし、二年目になって、自分がその学校をよく理解し、その学校に対する愛着を抱いてきたならば、必要な改革はどんどん行っていくべきです。子どもが育つような改革、意味もなく職員に過剰な負担を強いている現状の改革、若い先生が必要以上に苦労するような仕組みの改革、どんどんやっていくべきです。
ただし、これだってあれもこれも早急にやってはいけません。一つ改革したらその悪影響が出ていないかとよく観察する。よく点検する。それが確かめられたら次の改革。年に一つくらいずつ提案して確実に改革していくという在り方が理想的です。例えばその学校に五年勤めたら四つ、七年勤めたら六つ、そのくらい大きな改革をして次の学校に行けたなら自分も満足できるのではないでしょうか。この学校ではよく働いたなと自己評価して次の学校へと移動できるのではないでしょうか。
そのときには周りの同僚たちもかなり入れ替わり、あなたのことを慕ってくれ、別れを惜しんでくれる先生方もたくさん得られているはずです。しかしそれさえ、あなたがその学校を、その職員室を愛した人だからなのであって、決して大きな改革を断行した功績が評価されているわけではないのです。
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