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1945/20

今日は「字のない葉書」という向田邦子のエッセイの単元テストだった。「終戦の年」という叙述が出てくるので、この子たちは「終戦の年」をどの程度日常としているのか、歴史の教科書で学ぶものとしてではなく、常識として覚えているのか、知っているのか、試してみようと思って、授業で一切扱っていないにもかかわらずこの年は何年か、西暦と日本の元号で両方答えて見ろと出題してみた。完全解答で2点である。驚いた。各学級で5人程度しか両問正解者がいないのだ。1945年は答えられても、昭和20年は答えられない。逆はいなかった。この結果を見て考えた。僕が初めて歴史を習ったのは小学校6年のとき。1978年だ。あの頃は祖母も両親も戦時中のことを語ってくれた。学校の先生も用務員さんも隣のおじさんも語ってくれた。テレビもラジオも小学生が読む雑誌も語ってくれた。いまはだれも中学生に語らないのだろうな。

しかし、である。ふと気がついた。終戦はいまから70年前のことである。とすると、僕が子どものころ、つまり1978年から考えれば日露戦争ということになる。そういやだれも日露戦争のことは語ってくれなかったな。祖母が語ってくれたのも一次大戦までだった。1945や昭和20が中学2年生の常識でないのは、ある意味、仕方ないのかもしれない。でも、明日、テスト返却して解答するときには、「こんなことも知らないでお前たちはほんとに日本人か!」と言いたいけどね(笑)。さて、どうやって覚えさせようかなあ……。

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