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〈引き〉の視点

自分が少しでも多くの子どもたちに価値ある存在であることを目指して教師は生きる。教師はこの業から放たれないと冒頭に述べた。しかし、教師は年齢を重ねてちょうど人生の復路にさしかかった頃から、少しでも多くの同僚教師にとっても価値ある存在であることが求められるようになる。さしたる経験もない自分が同僚教師を救うこともあることにある種の驚きを感じながら、それでも自分が人の役に立っていることにまんざらでもない思いに駆られる。肯定され、承認されることに歓びを感じるようになる。

そう考えると、若い教師がトラブルに落ち込むその経験は、〈明後日の思想〉によって自分が少し頑張れるようになるというだけでなく、これから出会うまだ見ぬ子どもたちにも、人生の復路で出会うまだ見ぬ後輩教師にも価値をもつのかもしれない。いま現在の痛みに縛りつけられ、自暴自棄になったり無気力に陥ってしまったりするのは、自分自身やいま目の前にいる子どもたちだけでなく、これから出会うまだ見ぬ人たちにも不幸なことであるのかもしれない。

〈明後日の思想〉はそうした意味で、価値観に遠近法を施してみることと言える。物事には遠くから「引き」で見たほうがよく見えることがある。いまいる地点に縛られると〈引き〉の視点には気づかない。いまの歓びならそれに身を任せて胸いっぱい楽しめばいいけれど、いまが痛みを伴っているならば逢えて引いてみることには価値がある。私たちの仕事が私たちの人生と不可分であるからこそ、仕事上の問題はすべて人生の問題として〈引き〉のアングルで眺めてみることが大切になる。〈明後日の思想〉はそのためのプラス思考をもたらしてくれる。

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