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若者の国語学力

一年ほど前のことである。家の近くのコンビニに買い物に行った。レンジで温めることによって少しだけ解凍され、ちょう良い飲み頃になるというフローズン系の商品を買った。冷凍庫からその商品を出してレジへ持って行くと、アルバイトの若者がバーコードに機械をかざす。週に二度はこの店に通っているけれど、初めて見る顔だ。おそらく新人アルバイトなのだろう。ピーッと音が鳴って値段が表示される。

若者が上目遣いに僕に言った。

「これ、あたためちゃいますか?」

……

目が点になった。この青年はわざとこんな言葉遣いをして、僕との人間関係の距離を縮めようとの意図をもっているのだろうか。いやいや、いくら家が近くてよく来る客だと言っても、店員が言葉遣いによって人間関係の距離を縮めようというのはナンセンスな話だ。だいたいこの若者は僕が常連客であることなど知らないはずではないか。まさか、この若者はこの言葉遣いのおかしさ(というより異常さ)を理解できないのだろうか。だとしたら、コンビニでレジ打ちなんてしてはいけない。このアルバイトをする資格がない。瞬時にそう思いながら、僕はこの若者に煙草を求めた。

「百四十六番を二つ……」

煙草の銘柄が多すぎるせいか、最近のコンビニでは煙草をレジの奥に番号表示をつけて並べている。僕も煙草を買うときには番号で言うようになった。

「はい。百四十六番をお二つですね。」

なんだ。まともじゃないか。さっきのはたまたまだったんだ。僕は胸をなで下ろした。そうだよな。客に対してあんな言葉遣いをする人間がサービス業で人前に立つわけがない。

しかし、彼は僕にまたしても同じ言葉遣いで語りかけてきたのだった。

「年齢確認ボタン、押しちゃってもらえますか?」

その瞬間、状況に対する解釈が僕の脳の中にできあがる前に、僕の口が動いてしまっていた。

「馬鹿か、お前!」

言葉のディテールにこだわれる者ほど国語学力が高い──こう言い切って良いと思っている。

これ以外のことをあれこれ言えば言うほど、国語学力論は些末な例外にかすめ取られ、ああでもないこうでもないと右往左往せざるを得ない。そう感じている。 

僕がこの若者に「馬鹿か」と投げ掛けてしまったのは、間違いなく、この若者の国語学力が著しく低いと感じられたからである。だからこそ、「馬鹿」という言葉が思わず口をついてしまったのだ。この若者は自らの言葉に対して「ディテール」の「ディ」の字も意識しないままに発してしまっている。言葉が意味だけになってしまっている。おそらく彼は、名詞・連体詞・副詞・接続詞・感動詞と動詞・形容詞・形容動詞といった有意味な言葉しか意識せずに言葉を発している。それらの自立語を包み込み、発話する者の主体性や人間性を怖ろしいほどに表出してしまう助詞や助動詞に無頓着なままに言葉を使っている。言葉のディテールにこだわるという感覚自体がない。怖ろしいほど著しい言語的情緒の欠如……。要するに僕はそう感じたのである。

ちなみに、この若者の名誉のために付記しておくと、彼はいまなお我が家の近くのコンビニで働いている。あれから一年以上が経って、おかしな言葉遣いも一切なくなっている。ただ、僕が行くと、いまだになんとなく気まずそうに目をそらそうとするけれど……(笑)。

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