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できるだけ多くの校務分掌を経験する

教職7年目のことです。私は2年生38名を担任していました。

校務分掌は教務部時間割係。30学級の時間割です。中学校教師ならおわかりかと思いますが、この規模の学校の時間割を作成することは大変なことです。前後期、そして北海道特有のスキー学習日程に伴う時間割と年に3回作りました。当時は隔週で土曜日が休みでしたから、時間割は土曜日がある週とない週の2種類をつくります。1年に計6週分の時間割をつくるわけです。時期が来ると2泊ずつ、私は学校に泊まり込んで時間割を作りました。朝は給食室のシャワーを借りました。時間割係にはその他にも、毎日のチャイムの管理や各学級各教科の時数計算、自習監督割り当ての仕事もありますから、ルーティンワークも目白押しです。

この年は教務部員として、必修クラブの運営も担当していました。全校生徒が1300人の学校です。生徒たちから希望を取って各クラブに振り分けるだけでも大仕事です。その他にもクラブ担当教師が欠勤した場合の補充割り当てをつくったり評価のシステムをつくったりといった仕事があります。

しかも、この年の学年分掌は生徒指導でした。校務分掌が教務なのに学年分掌が生徒指導というのは、一般的には中学校ではあまり見られません。学校全体と学年とで仕事の内容が異なりますから、あっちもこっちもということになります。時間の使い方が難しくなります。教務の仕事をしようと予定していた時間に、予想外の生徒指導が入るわけですから、どうしても事務仕事が夜遅くになっていきます。

この年は学年協議会(学年の学級代表委員会)も担当していました。毎月の学年集会の企画・運営、旅行的行事の集会指導、学年のキャンペーン活動の企画・運営などが仕事です。学年リーダーを育てる仕事と言えばわかりやすいでしょうか。学校祭では学年のステージ発表を担当しました。

その他にも、一人で50人近い演劇部を担当し、体育文化振興会(部活動の組織)では会計も担当しました。更にPTAの広報部も私の担当でした。おまけに次の年には新設校開校のために学校が分離するという年でもあり、さまざまな事務仕事もあった年でした。

兎にも角にも、私は毎日、「かなわんなあ…」と思っていました。だいたい仕事に偏りがあり過ぎる。こんな学校、さっさと転勤してやる。本音では、そんなことも考えていました。いずれにせよ、読者の皆さんにも、とても忙しい1年だったということは伝わったかと思います。

しかし、いま、私はこの1年間が自分の教員人生にとってどれだけ宝であったかということを実感しています。

まず第一に、この1年間で時間の使い方が徹底して上手くなったこと。なにしろ、遊んでいる暇はもちろん、ほっとひと息つく暇もありません。隙間時間にも小さな事務仕事をどんどん仕上げて行かなければ追いつかないのです。To Do リストをつくって、片っ端から片付けていきました。

第二に、優先順位をつけて仕事をすることを覚えたこと。仕事の重要度はどれもが並列かというとそうではありません。仕事の出口が自分である仕事(例えば学級の仕事)は後回しにしても良いこと、自分がした仕事を受けて職員全員が動くタイプの仕事(職員会議の提案文書や職員組織を動かす仕事)ほど優先順位が高いということを徹底して学びました。

第三に、仕事というものが日程と時間でするものだと実感したこと。例えば、全校生徒や学年生徒、全校職員を動かすような仕事については、遅くとも3ヶ月前に大枠を提示しなければならないこと、それ以前に管理職や教務主任、生徒指導主事や学年主任など、要所要所に根回ししておかなければ提案がスムーズに通らないこと、などなどを実感的に学びました。また、根回しについては、職員会議でよく発言する人、用務員さんや栄養士さん(物をつくってもらったり給食を早出ししてもらったりといったことが必要になることが多い)、養護教諭に対しても事前に話を通しておくと、提案が更にスムーズに通るということも徹底して実感させられました。要するに、行事運営の勘所が行事直前のバタバタしている時期ではなく、数ヶ月前の企画段階にあることを腹の底から理解したわけです。

第四に、教務部と生徒指導部という学校の基盤をつくる二つの校務分掌がほぼ逆方向を向いて運営されている、ということ。この年の私は、校務分掌が教務部であり、学年分掌が生徒指導でしたから、教務主任とも生徒指導主事とも毎日のように打ち合わせをもつことになります。来週の日程を検討するという場合に、教務主任との打ち合わせ内容と生徒指導主事との打ち合わせ内容がまるで反対の思想に基づいて行われているなんてことは日常茶飯でした。その両方に出席しているのは70人近い教員のなかで私だけです。双方を比較することで、当然のように、私は学校内にある思想的矛盾に気づかされました。そして、何かを提案するときにはどちらの思想をも満たすような、一石二鳥のアイディアを産み出すことこそが大事だということに気づいたのです。この発想は、いまだに私が仕事をするうえでの根幹的発想になっています。

私はこれまで、20代のうちに全体像を把握するよう努めること、そのためにできるだけ多くの学年を経験することが必要だと述べてきました。それは子どもたちを成長させるために、教師としての仕事の根幹を全うするために必要なことです。しかし、教師は子どもたちに接することだけが仕事ではありません。校務分掌のそれぞれがちゃんと機能していないと学校は成立し得ないのです。

実は、若い先生のなかには、教師の仕事は子どもたちを育てることであって、校務分掌は雑務だと感じている人が少なくありません。ところが、校務分掌のなかにこそ、実は教育の思想がたくさん詰まっているのです。うちの学校の時程はなぜこういう時程なのか。隣の学校とはどこがどのように違うのか。うちの学校の運動会はなぜこのようなプログラムなのか。修学旅行でここに行くのはなぜか。委員会はなぜこの六つなのか。各学級の避難経路はなぜこういうコースなのか。そういうことを一つ一つ考えることこそが、実は自分の教師としての力量を高めるのです。

若いうちにできるだけ多くの校務分掌を経験することが大切です。しかも一つ一つ考えながら、しっかりと取り組むことが必要なのです。

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