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ツイート六つ・5

25.「わかったつもり」に陥らないこと。一般に、経験を重ねると主張はシンプルになっていく。それゆえ、先達の主張にはシンプルなものが多い。しかし、それは長年にわたって複雑な思考を通ったからこそ到達したシンプルさであると心得ること。自分がそれを理解するには数十年かかると心得ること。
【コメント】
わかりやすいものが良いという人がいます。よく、僕の文章はわかりにくい、読みにくいと批判されます。そういえば、本書でも健ちゃんがそういう趣旨の批判をしています(笑)。しかし、わかりにくくならざるを得ない思考を通った人が到達したわかりやすさと、最初からわかりやすさを至上とした人のわかりやすさには雲泥の差があります。後者はあくまで軽さであって、わかりやすさとは似て非なるものです。

26.若者よ、小さくまとまることを目指してはいけない。この程度で良いと線引きしてはいけない。飢えろ。もっと飢えろ。高みに飢えろ。自分にもできることではなく、自分にしかできないことを目指せ。飢えろ。もっと飢えろ。明日の自分に飢えろ。明後日の自分に飢えろ。
【コメント】
健ちゃんが「今の現場は非常に厳しい」から、「今の若者たちにこれを望むのは酷」だと言っています。僕はあまりいまの現場が厳しいとは認識していませんが、もしも厳しいとすれば、厳しいからこそこういう発想が必要なのだと思います。状況が厳しいから失敗しないようにと考えていたのでは、小さな失敗さえ大きな失敗と感じられてしまいます。失敗してもいいから挑戦をという気になるには自分の可能性に飢えるのが一番です。

27.まず量をこなせ。量を蓄えよ。質はあとからついてくる。若いうちはがむしゃらに10年走ってみることだ。10年走ったら質とは何かが見えてくる。それが見えたとき、初めて質を追っていい。僕はそう教えられた。正しいか否かはわからない。ただ、僕には合っていた。師匠に心から感謝している。
【コメント】
正確に言えば、師匠の言葉は「量も質だ」です。度を超えた量があるとある種の質ができ上がります。僕は新卒の年に全部で70枚の指導案をつくりくました。2年目にはわざと80枚にしました。3年目は120枚の指導案をつくりました。質がないのだから量だけは……そんな思いでつくった指導案でしたが、あの経験がなければ現在の自分はないなと感じます。あのとき、量にこだわって良かったなと。あの量は僕に質をもたらしたなと。

28.肩の力を抜かないと見えないものがある。自分をかっこよく見せようとか、失敗したくないとか、他人に負けたくないとか、そんな思いが肩に力を入れさせる。自分の上昇ばかり考えるから見えないものがある。自分の維持ばかり考えるからできないことがある。肩の力を抜くことに慣れると世界が変わる。
【コメント】
肩に力を入れることを否定していません。でも、世の中には肩の力を抜かないと見えないものがあるよと、実感を実感として告げているだけです。その境地に立つと世界観が変わるよと。肩に力が入っているときに、そのことを自覚するといいよと。いま自分が肩肘張って頑張っていることによって見えなくなっていることもあるかもしれない……そういうスタンスで生きるといいよ、そう言っているのです。

29.失敗する自分を愛せるようになったら天職。失敗する自分を愉しめるようになったら一流。
【コメント】
「あ~あ、やっちゃった」と照れ笑いする。「おやおや、こりゃ困ったな」と自嘲する自分を見せる。自分の力量を信頼していないと、自分の存在を信頼していないと、自分の未来を信頼していないとこの境地には立てません。他人に負けたくないとか、具体的な成果をあげなくちゃとか、そんなことを考えていてはこの境地には立てません。自分という人間を愛し、自分という人生を愉しむ。これができれば芸術の域に近づいていきます。

30.人生の岐路に立ったとき、仕事上の判断に迷ったとき、先の見通せる方を選ぶのが「成功」のコツ、先の見通せない方を選ぶのが「成長」のコツ。すべての人に問いたい。「成功」と「成長」。あなたはどちらを選びますか?
【コメント】
見通しをもてる人生なんてなんのおもしろみもない。見通しなんて本人がもてていると思っているだけで、ほんとうはまるでもててなどいないものです。見通しなどというものは、思い込みに過ぎません。見通しをもつなどと言って、自分に見えないことから逃げているだけです。自分が見えていないものへ、自分が理解していない世界へ、自分の世界観の外へ外へと向かうことにこそ人生の妙がある、僕はそう信じて疑いません。

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