数を問え!
実は、選択肢を与えなくても選択肢と同じ効果をもたらす発問があります。
選択肢を与えるのは、最もらしい選択肢を与えて子どもたちを当惑させ、「知的好奇心」を喚起するためです。何に対する「知的好奇心」を喚起するのかと言えば、教材本文をよく読もうという姿勢をつくらせるためです。選択肢のどれが正しいのかを検討することで、教材本文を改めてよく読ませようというわけです。
つまり、最もらしい選択肢を与えるのは、子どもたちの読みの違いを顕在化し、その違いを検討することを促して教材本文を深く検討させようというねらいなのです。とすれば、わざわざ選択肢を与えなくても、子どもたちに単純な答えを求め、子どもたちの答えの違いが顕在化されれば、選択肢と同じ効果をもつというこどてす。
そのためには、次のような発問が効果的です。
「この場面での主人公は○○と考えている。○か×か。」
「主人公の性格は優しさ対冷たさが何対何か。」
「A・B・C・Dという4人の登場人物をEを心配している度合いが大きい順に並べなさい。」
いずれも発問のなかに選択肢が含まれています。しかも、その理由を問うことによって、必然的に教材本文の論拠を指摘し合うことになることになります。良い発問とは、子どもたちの目を教材本文に必然的に向けさせる「触媒」となるような発問のことなのです。
ただし、こうした発問を開発するには、長期にわたって意図的に経験を積み重ねること、つまり「研究」が必要とされます。私はいま挙げた三つの発問を具体例として瞬時に思いつきました。しかも、最初の発問から三つ目の発問へと難易度が上がるようにと配慮して並べました。こうした発問をすぐに思いつけるのは、私が長年にわたって国語科の「実践研究」の場に身を置いてきたからです。新卒時代の私なら、こんなに簡単には思いつくことができなかったでしょう。
しかし、国語科の授業において、こうした発問と同じ効果をもたらす原理があります。それは「数を問う」ということです。野口芳宏先生の『やまなし』の授業に「谷川の深さは何センチか。」という発問がありますが、これなどはその典型です。子どもたちはこの発問を通して、作品に描かれている場を検討するために、必然的に教材本文を読み込まなければならなくなります。
『お手紙』(小1)における「かたつむりくんはお手紙を運んでくるまでにどのくらい時間がかかったか」から、『故郷』(中3)における「主人公の私が我が家の表門に立ってから母に会うまでどのくらいの時間がかかったか」に至るまで、発達段階にかかわらず使えます。子どもたちは必然的に、教材本文に目を向けざるを得ません。
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