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思考を促進せよ!

教師が発問する。間髪を入れず一斉に手が挙がる。ハイハイハイ……。低学年から中学年の鍛えられた学級によく見られる光景である。子どもたちはよく発表する自分たちにプライドをもっている。学級担任もまた、現象的には活発な自分の学級に満足している。一人ひとりを大切にしながら授業を積み重ねてきたという自負もある。授業は一見、何の問題もない良い授業に見える。

しかし、この授業は「思考」を促していません。教師の発問から間髪を入れずに一斉に挙手するということは、瞬時の思いつきを発言しようとしているということです。或いは、既習事項で答えられるような問う価値のない発問だということです。どちらも国語の授業としては、言語能力を駆使しての課題に正対し、子どもたちが向上していくということには向かいません。

「思考」を促さないという点では、多くの中学校・高校で毎日行われている、いわゆる「講義形式」の授業も同様です。教師は丁寧に解説し、とても美しい板書を構成するのですが、子どもたちの多くは板書をノートに写すことが勉強だと感じています。先生の美しい板書を自分もノートに美しく写すことに満足しています。教師が一生懸命に説明しているのに、子どもたちの頭はまったく働かず、ただ右手の運動だけが続きます。それも、ペンケースに溢れるほどにコレクションされたきらびやかな色のペンを駆使した、誤字脱字だらけの手首の運動が……。そう。この運動は書写にさえなっていないのです。

私は本書冒頭に、読者の皆さんに「良い国語科の授業三条件」を自らの頭で考えることを強いました。それをしていない読者を想定して、国語科は自ら考える癖のついていない人には教えられないとまで言いました。

よく考えることなく、思いつきを3点挙げて「事足れり」とすることは、私が本節で述べた「ハイハイ授業」と同様に頭を働かせることを意味します。「そんことは考えたことがあるよ」と予てから考えていた3点をさらりと書いて「しめしめ…」と思うことは、既習事項だけで判断し、学びが成立しない状態を意味します。

また、求められた「思考」をしない、つまり、条件を書き出すことも、3点にまとめることもせずに頁を繰ることは、教師の美しい板書を自らもノートに美しく写す教室によくいる女の子たちにどこか似ていないてじょうか。

子どもたちに「思考」を促すことができるのは、常に自ら「思考する場」に身を置いている者だけです。

「よし!考えてみよう!」

「ちょっと待てよ…改めて考えてみるか…。」

事ある毎に「思考」する。何か「思考のチャンス」はないかとアンテナを高く張る。それが国語教師に必要な態度なのです。

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