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関数

本稿は問題だけを提起し、敢えて答えは書かないことにします。読者の皆さんが自ら考えたり、周りの人たちと意見交換することによって、自分なりの答えを見つけていただければと思います。

【その1】スキル

「教師力」とは何か。これを考えるにあたっては、その反対の概念を考えることが有効です。

例えば、「教師力」の下位項目として「学級経営力」があることはだれもが納得するところでしょう。しかし、「学級経営力」とは何かと考え始めると、これまた「教師力」同様、途端に難しくなってしまいます。そこで、「学級経営力」とは反対の概念を想定してみるわけです。

「学級崩壊」という言葉があります。教育界では忌み嫌われる言葉ですが、思考の糧として使うにはなかなか良い言葉です。例えば、「学級経営力」の対立概念として、「学級崩壊力」というような言葉をつくってみます。4月の始業式からヨーイドン!で学級を運営し始め、一番早く学級を崩壊させたものが勝ち!のような力ですね(笑)。

ちょっと考えてみてください。どうすれば、いち早く学級を崩壊させることができるでしょうか。

例えば、差別をするとか、贔屓をするとか、子どもによって態度を変えるとか、ついさっき言ったことと違うことを正しいと言い張るとか、連絡していないことを連絡したと言い張るとか、常に上から目線で嫌みったらしく語るとか、すぐに忘れ物を取りに職員室に行くとか、まあ、考え出したらキリがないほど出るはずです。ためしに仲の良い同僚とやってみると良いでしょう。ゲラゲラ笑いながら、ほんとうに楽しい時間を過ごせるはずです。4,5人の呑み会で話題にしたら、時間を忘れて盛り上がれることを保障します。

しかし、この「学級崩壊力」の要素を本気で出し合ったとしたら、やはり力量の高い教師ほど、的確な「学級崩壊力」を指摘するものです。力量が高いということは、それだけやってはいけないことに自覚的であり、それに陥らない手立てをスキルとして身につけている状態をいうからです。力量の高さとは「これをやるといい」と「これをやってはダメ」とがどれだけ明確に意識されているかを指すのだと言ってほぼ間違いありません。

いかがでしょうか。「学級崩壊力」は決して冗談などではなく、一度、本気で考えてみるべき価値ある概念だということをわかっていただけたでしょうか。

【その2】キャラクター

ただ、同じスキルをもっていれば指導したときに同じ効果が期待できるのかというと、決してそうではないところがこの世界の面白いところです。スキルというものはその教師の人格と切り離せないもので、その教師が用いるからこそ機能する、しかしある教師が用いるとまったく機能しない、そんなことが厳然とあるのです。極端に言えば、想定した「学級崩壊力」をすべて実践しても学級崩壊しない教師もいれば、それなりのスキルを身につけているのに学級を崩壊させてしまう教師もいる、それが現実です。

この違いを教師それぞれの「人格」と言ってしまっては人間性とか徳とか威厳とか、教育界で古くから言われている何か崇高なもののように感じてしまいます。私の言うのは少しニュアンスが違うので、私はもう少しイメージを軽くして、教師それぞれの「キャラクター」の違いという言い方をしています。

スキルとか、ネタとか、新しい指導法とか、そういうものに教師は飛びつきがちです。しかも、ちょっとためしてうまくいかないと、それらを簡単に捨ててしまうという事例も多く見られます。しかし、スキルもネタも指導法も、自らのキャラクターに相応しいのか、自らのキャラクターがそれらを機能させやすいのかさせにくいのか、こうしたことをしっかりと検討したうえで導入しなければならないのです。

多くの教師がこのことに無頓着過ぎます。自分がどのようなキャラクターとして子どもたちや保護者、同僚の目に映っているのかということをほとんど考えない傾向にあります。それでいて、このスキルはうまくいかない、このネタには子どもたちが乗らなかった、この指導法は万能じゃない、そんな自分本位の評価を下しているというのが多くの教師の現実なのではないでしょうか。

【その3】チーム力

キャラクターに合ったスキルを身につけ、たとえそれらを機能させたとしても、一人の教師ができることなどたかが知れています。学年団のなかで、学校のなかで、その教師自身がどのような位置づけで機能するか、存在感を示すか、個人プレーばかりを志向せずにどのように周りと調和するか、それを考えなければなりません。

私は「教師力」を〈キャラクター〉と〈スキル〉と〈チーム力〉との関数だと考えています。〈キャラクター〉が10、〈スキル〉が10、しかし〈チーム力〉は-1、これでは3つを掛け合わせればマイナスになってしまいます。突出した教師がいることがかえって学校に迷惑をかけるという事例をしばしば目にしますが、それは比喩的にいえばこういう構造なのだと考えています。

一人でできると思うから失敗するのです。自分で何とかしようと思うから辛いのです。教師それぞれが〈キャラクター〉に応じた〈スキル〉を身につけると同時に、〈チーム〉で仕事にあたる、そういう時代がやってきたのです。詳細は拙著『教師力ピラミッド~毎日の仕事を劇的に変える40の鉄則』を御参照いただければ幸いです。

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