« 3月18日(月) | トップページ | 3月19日(火) »

教師に必要な資質

拙著『教師力アップ 成功の極意』(明治図書/2012.10)において、私は教師に必要な資質として5点挙げました。第一にいつも笑顔でいること、第二に孤独に耐える力をもつこと、第三に無駄とわかっていることに取り組めること、第四に子どもといっしょに馬鹿げたことを一所懸命にやるのを楽しめること、第五にいつでも変われること、の五つです。少なくとも私にとって、教師とはこういう職業です。

私の同僚にWという体育教師がいます。年齢は三十代の半ば。大学の教育学部を出て、一度小さな出版社に編集者として勤め、その後教職に就いたという変わり種です。私が出逢った頃には細かいことを気にせず、すべてを心の在り方の問題として捉え、大雑把に指導する教師でした。本人自身がかなりユニークで魅力的な男ですから、それでやってこられたのだろうと思います。いいえ、そのままの感覚で教職を続けベテランになっていったとしても、かなり良い教師、力量の高い教師になっただろうとも思います。

私はW先生と同僚になって2年目、W学級の副担任を務めました。その年にはその学年にK先生というかなり厳しく同僚を指導する大ベテランも配属されました。W先生はK先生と私に「だらしない」「提出が遅れるとは何事か」「社会人としてやるべきことはやらねばならない」と四六時中言われる1年間を送ります。それから2年が経ちました。現在、W先生は学級経営にも生徒指導にも事務仕事にもかなり力量を発揮する教師になっています。W先生が今後、どういう教師人生を歩んでいくのかは私には知る由もありませんが、おそらく彼は偉大な教師になっていくはずです。そのくらいW先生のこの2年間の成長振りには著しいものがあるのです。

私は私やK先生の指導の成果がW先生を成長させたと言いたいわけではありません。W先生は私が出逢ったときには、私が冒頭に挙げた五つの資質のうち、第一から第四までを既に資質としてもっている教師でした。しかし、彼の凄みは私やK先生の指導の内容を自分の頭で考え、それを取捨選択しながらも基本的には受け入れたことにあります。つまり、第五の資質「いつでも変われること」、言い換えるなら「今の自分を壊し、新しい自分になることを怖れないこと」を構えとしてもっていたのです。

口うるさい先輩教師の指導を聞き流し、自分は自分だと態度を貫くことはできたはずです。むしろそういう人の方が世の中には多いのが現実です。しかし、W先生はそれを潔しとせず、自分のマイナス面に目を向け、それが生徒たちにどういう悪影響を及ぼしているのかを真剣に考えたのです。人を成長させるのは実は何を措いても第五の資質、つまり「いつでも変われること」なのです。

教師は子どもたちに対して「変われ」と言い続ける職業です。知識を持たない子どもに知識を持つことを強い、技能を持たない子どもに技能をもつことを強い、もっと思いやりを、もっと責任感を、もっとリーダーシップをと際限なく「変われ」と強い続ける、それが教師という職業です。しかし、このことに自覚的な教師はなかなかいません。子どもたちには「変われ」と命じ続けているのにその自覚をもたず、自分はいつまでもたいして根拠のない「自分」に留まり続けようとする、それが多くの教師たちの姿です。そのスタンスが職員室でもはびこり、他人に変わることを要求するのに自分は変わろうとしない、その構図によって起こる軋轢のなんと多いことでしょう。

人間が大きく変われるのは三十代までです。教師に限りませんが、職業人としては二十代・三十代が往路、四十代・五十代は復路にあたります。往路で「いつでも変われること」が資質として身につけば四十代・五十代も成長し続けられますが、そうでない場合は往路の貯金を切り崩す復路を過ごさねばなりません。往路において大転換はあるものだということを学べば、復路においてもその構えをもって仕事に対することができるのです。

私は現在四十代の半ばですが、二十数年間の教師生活、職業人生活において、そんな結論に至っています。そして大転換はいつでも起こるものなのだから、この結論にも大転換が起こる日が来るかもしれないという構えを忘れていません。むしろ、次の大転換を楽しみにし、心待ちにしている、そんな実感があります。

|

« 3月18日(月) | トップページ | 3月19日(火) »

書斎日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教師に必要な資質:

« 3月18日(月) | トップページ | 3月19日(火) »