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売り込み

教師が自分を売り込む対象はたった二つです。一つは子どもたち、もう一つは保護者。これ以外に自分を売り込む対象はありません。

もしもあなたが校長に対して自分を売り込みたいとか、指導主事に対して自分を売り込みたいとかいう感覚を抱いているのならば、ぜひ私に連絡をください。私はあなたにこの本を読んで欲しくありません。私が定価で買い取ります。メールアドレスは巻末の著者紹介に書いてありますので、どうぞご遠慮なさらずにご連絡ください。

さて、「盛り上げ力」の項で詳しく述べましたが、教師にとって「売り込み力」にあたるような自己主張の力は、それほど優先順位の高いものではありません。そもそも「売り込み」というのは、日常的に逢う頻度の高くない相手に対して、短い時間で良い印象をもってもらうという概念です。

教師と子どもたちとは毎日いやでも接し続けるわけですから、何も教師が改まって子どもたちに自分を印象づける必要などありません。黙っていても子どもたちはあなたの一挙手一投足を観察し続けます。ひと月もしないうちに、あなた姿からちゃんとあなたの本質を見抜きます。保護者は毎日、自分の子どもからあなたの話を聞いて、ほんとうは知って欲しくないことまで知ってしまいます。学級担任と子ども、保護者の関係とはそういうものです。

良い印象を与えるために「売り込み」を図らなければならないのは、強いて挙げるなら学級開きや授業開きです。或いは保護者相手なら、年度最初の保護者懇談会です。子どもたちも保護者も今度の先生に慣れていない時期ですし、今年の先生はどんな先生だろうと興味津々で様子を窺っているわけですから、4月の出逢いの場だけは「売り込み力」が必要かもしれません。

しかし、4月にあまりに売り込みすぎると、要するに強烈な良い印象を抱かせてしまうと、その後、ちょっとでもその印象に反したことをする度に必要以上に印象が悪くなってしまう、という現象が起こります。子どもにも保護者にも「裏切られた」という印象をもたれてしまうわけですね。

例えば、年度当初に「先生はいじめは絶対に許さない!ちょっとでも何か傷つけられたということがあれば、どんな小さなことでも先生に相談しなさい。先生はちゃんと話を聞いて対応します。」と宣言したとします。5月になって、ある女の子がか細い声で「先生……」と声をかけてきたとします。ところが、そのとき、あなたはたまたま急ぎの用事がありました。「ちょっと待ってね。いま、とても急いでるんだ。あとでね。」と用事を優先させてしまったとしましょう。

教師側からみれば些細なことですが、こんな小さなことが4月の宣言を「嘘」にしてしまい、子どもの「裏切られた」につながります。この場合、用事を済ませたあとにほんとうにすぐに戻ってきてその子に対応すればまだ間に合いますが、それを忘れてしまったとしたら、その子との人間関係は致命的な破綻を迎える可能性さえあります。この子にしてみれば「どんな小さなことでも先生に相談しなさい。」という教師の言葉を信じたのに裏切られたわけですから当然です。

いじめを絶対に許さないとか、毎日学級通信を出すとか、きみたちのことを一番に考えるとか、常にみんなと話し合いながら物事を決めるとか、楽しいクラス行事をいっぱいやるとか……4月は教師が張り切っているものですから、なんでもできるような気がしてしまいます。しかし、1年の長丁場、これまでやっていなかったことをやり続けるということは、無理とは言わないまでもかなり難しいことなのです。

私は4月、確実にできることしか言わないようにしています。密かに今年度はこれに取り組もうと思っていることはありますが、それはできない可能性もある。だってやったことがないんですから。その思いが私にそれを言葉にさせません。私の新年度の取り組みは、子どもたちも保護者も「ああ、この先生はこんなこともやってくれるんだ……」と感じるような、あくまで〈+α〉の取り組みとして見てもらう。そういうことにしています。

若いうちは、ついつい調子に乗ってできないことまでやると言ってしまったり、「絶対に○○するから」と安易に「絶対」などという言葉を口にしてしまったり、そういうことが少なからずあるものです。ほんとうにやり続ける自信があるのならば良いのですが、そうでない場合には、私は正直、私のような〈+α政策〉として取り組んでおいて方が無難だと思います。

人は立派な存在意義で生きるのではなく、むしろ日々の小さな可能性に生きている(キルケゴール)。教師も人間ですから、自分の可能性を信じたくなります。自分を売り込もうとするときには、ついつい大きなことを言ってしまいます。別に嘘をついているわけではありません。自分でできそうな気がしてしまうのです。

しかし、です。それをしなくなった人を、実は社会は「大人」と呼ぶのです。言ったことは必ずやらなければならない。できるかどうかわからないことは、敢えて言わずに取り組む。それがこの国において「大人」と呼ばれる人たちの姿なのです。

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