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あらため

竹田青嗣という哲学者・文芸批評家が人間は三枚の世界像を作り替えながら成長していくと述べています(『愚か者の哲学』主婦の友社・2004年)。

1枚目の世界像は、幼少の頃から家庭で培われてきた世界像です。

かつてはすべての人がムラ社会、地域共同体のなかに生まれ、親の職業をそのまま引き継ぐというのが一枚目の世界像でした。農家の子は農民としてどう生きていくべきかという世界像をもち、大工の子は大工としてどのように成長するのが良いのかという世界像をもち、一生涯その世界像から脱することができませんでした。明らかな階層社会・格差社会でした。

しかし、明治から大正、昭和前期にかけて学校教育制度が次第に普及していきます。国民のほとんどが学校教育を受けるという制度がある程度完成を見たのは戦後のことです。若い先生方には信じられないことでしょうが、特別支援関係の学校が整備されたのは、ほんの数十年前のことに過ぎません。

しかし、学校教育は、子どもたちに自分の所属するムラ社会、共同体社会の掟が決して普遍でないことを学ばせました。だって、学校では様々な共同体出身者、様々な階層出身者が一つところで集団生活を送るわけですから。

そこで子どもたちは、努力すれば自分のムラ社会、共同体社会、自分たちの階層から抜け出せる可能性があることを学びます。それが二枚目の世界像として子どもたちを包み込みました。そこで生まれたのが勉学に励み、立身出世をというような、この国に巣くう暗黙の了解です。

その学校教育制度は高度経済成長とともにほぼ完成されていきます。そうしたなかで、人々は都市に流出し核家族化が進みます。その結果、1980年頃を境に各家庭にはかつてムラや共同体がもっていた一枚目の世界像をもたなくなります。核家族化は基本的に、親の職業を継ぐことを強制する家族形態ではありませんから、子どもの生き方は両親と子どもで決めればよくなったわけです。

もちろん、各家庭にオリジナリティ溢れる世界像などあるはずもありません。そこで各家庭は、なんとなく学校教育で教えられていることを自分の子どもたちに教えるようになりました。親の世代も学校教育をしっかり受け、サラリーマンとして生活するようになったわけですから当然の帰結といえます。宮台真司は現象を「社会の学校化」と呼びました(『終わりなき日常を生きろ』筑摩書房・1995年)。

さて、こうした経済成長と核家族化が完成された社会では、かつての一枚目の世界像と二枚目の世界像とが融合してしまいます。それが新たな〈一枚目の世界像〉となります。
 この新たな〈一枚目の世界像〉は多くの場合、「頑張って皆に評価される立派な人間になれ」という文言に集約されるような世界像になっていきます。ほぼ例外なく、親も教師も自然にそういう世界像を子どもたちに与えるのです。それが二十歳前後まで続きます。もちろん中学生くらいからその世界像に反抗する子も現れますが、それはこの世界像に包み込まれているからこそ出てくる反抗に過ぎません。その意味では、やはりこの世界像は生きているのです。

現在、〈二枚目の世界像〉は、独自に某かを学び、何か普遍的な世界観を得たときになっています。例えば、大学に進んでマルクス主義に心酔したとか、科学や心理学や社会学に心酔したとかいう場合ですね。或いは職人や技術者として仕事に打ち込み、その技術や技能が自分の染み込んだというような場合ですね。かつては10歳以前に得ていた〈二枚目の世界像〉の獲得の時期が、現在は10年以上遅れて現れるというのが特徴です。

しかも、この〈二枚目の世界像〉は、学問や修業を通じて独自に発見したり獲得したりしたものとして意識されますから、「この世の中の本質をみんなは知らないけれど、自分だけは知っている」という、少々エゴイスティックな構造をもって立ち現れてきます。こうした〈二枚目の世界像〉は本人にとって世界の普遍的な構造だと意識されますから、人はしばらく、この世界像とともに生きることになります。

しかし、しばらくすると、人はそれを超える〈三枚目の世界像〉を獲得せざるを得ません。就職して社会に揉まれ、自分一人では解決できない問題を経験したとき。結婚し、子どもができて、こんなに身近な人間さえ自分の思い通りにはならないのだと自覚したとき。自分にはやりたいことがたくさんあるのに、親を介護しなければならない状況に直面したとき。契機は様々ですが、そういう経験とともに〈三枚目の世界像〉が立ち上がってきます。

〈三枚目の世界像〉とは、自分が〈二枚目の世界像〉として「これは普遍的だ」と感じたような世界観は、だれもがそれぞれにもち、それそれがその世界像のうちを生きているのだということを認めることです。また、それぞれの世界観をもった人間同士が様々に関係を結び合っているのが社会なのだという感覚をもつことです。人生の晩年、肉体的には弱々しく見えるにもかかわらず威厳をもっている人々は須く、この〈三枚目の世界像〉のなかを生きているのです。

以上、竹田青嗣の言う三枚の世界像に関する私なりの解釈を述べてきました。これを受けて、私が言いたいのは次のようなことです。

教師がものの見方や考え方、行動の仕方を改めるという場合、その改め方にはいろいろあります。しかし、日常生活のなかで、自分が「これを改めよう」と考えたとき、その改め方は〈二枚目の世界像〉から〈三枚目の世界像〉へという方向性に進んでいるか、それを評価規準とすればおそらく間違った方向には進みません。

ただし、一つだけ気がかりなことがあります。それは最近、若い教師のなかに、〈一枚目の世界像〉しかもたないままに教師になっている人が多いように見えることです。或いは、〈二枚目の世界像〉を経験することなく、言葉だけは〈三枚目の世界像〉と同じようなことを言う人が多くなっているような見えることです。

誤解しないで欲しいのですが、〈三枚目の世界像〉は〈二枚目の世界像〉を経験することなく到達できるような生半可な世界像ではありません。〈二枚目の世界像〉を経験せずに語られる〈三枚目の世界像〉的な言葉は、子どもたちにも保護者にも同僚にも薄っぺらい言葉としか思われないのです。

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