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1月27日(日)

1.「教える-学ぶ」関係が崩れている現在、教師は子どもに嫌われてはいけません。現在、生徒に嫌われないということが、すべての教育活動を推進していくうえでの前提になっています。生徒に嫌われてしまうと、「指導者」としても「評価者」としてもその資格を問われる時代になってきています。

2.「怒鳴る教師」になってはいけません。怒鳴ることに頼り始めると教師はみるみる堕落していきます。怒鳴ることなく同じ効果をあげられる手法がないかと考え続けること。それを一つ一つためすこと。そのスキルを一つ一つ整理していくこと。この3つが大切です。怒鳴ることに頼って楽をしてはいけません。

3.重要なのは、何事も適切な距離を意識して臨まなければうまくは運ばない、ということです。人間関係の悩みは、そのほとんどがそうした距離感の調整がうまくいかないが故に生じます。そういうことを、なかなか教えてもらえないのが世の中です。生徒とも、保護者とも、同僚とも、適度な距離が必要です。

121009cover4.『スペシャリスト直伝!教師力アップ 成功の極意』堀裕嗣著・明治図書・2012年11月/twitterのつぶやきから生まれた本です。僕のツイートのうち、リツイートの多かった40を選んで、それぞれについて平均3頁の解説を施したものです。まとまり感には欠けますが、まずまず私の力量形成観を書けたのではないかなあと感じています。

5.今日は現実的な現実と格闘する日だ。雑誌原稿を2本書いて、新刊のゲラを校正して、別の新刊の資料を整理して送らなければならない。どれもやりたくない仕事ばかりだ。午後からにしよう、午前中はのんびり過ごそうと思っていたが、午前中もあと20分しかない。なんてことだ。

6.かつて飲み屋で同業者を見ると「ああ、この人は先生だな」と直感的にわかったものだった。最近は会話をしてみて初めて「ああ、同業者でしたか」とわかることが多い。教師にどうしようもなく付着していた、こびりついていた教師らしさみたいなものが薄れてきたのだなあ、と感じる。

7.かつてはワイシャツの襟のシミのように、どうしようもなくこびりついていた「教師らしさ」を誰もがもっていたものだったが、みんな漂白されてしまった。そういえば、僕もよく、見かけが「教師らしくない」と言われる。たまに警察官かと思われることはあるが、ほとんどは公務員だとさえ思われない。

8.教師への敬意が失われるとともにみんなが教師であることを隠すようになった結果なのか、それとも教師らしさを醸していた精神性が教師たちから失われてしまったのか、まあ、両方だろうな。そういえば最近、ださいジャージで飲んでいるとか、スーツにスニーカーとかいう人をまったく見なくなったもんな。

9.そういえば、その昔、居酒屋で男女混合の団体が飲んでいて、靴が革靴とスニーカーが混在していれば、まず間違いなく教師の団体だった。中にはサンダルもあったりしたっけ。いまは教員の呑み会なんてほとんどないもんな。僕は今年度、学年の先生方と一度しか呑んでない。呑み会自体がなくなっている。

10.「それは違うぞ!○○先生」「何言ってんですか、古いっすよ、△△先生は」「まあまあ、飲み過ぎですよ、二人とも」何の成果も上げない、べろめべろになっての議論。微笑みながらたしなめるベテラン女教師。何の意味もない議論をすることで、お互いの存在価値を確かめ合うだけの呑み会。懐かしいなあ。

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