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「駆け込み退職問題」の意味

駆け込み退職。結局、本来、費用対効果、市場原理で考えてはいけない教育の領域について、ずーっと費用対効果ばかりで考えてきたから、教師が費用対効果で考えることをも批判できなくなったという構造がある。

数年前、未履修問題のときにも強く感じたことだが、教育への費用対効果の考え方の導入は馴染まない。あのとき証明されたのは、教師もまた受験のために規定教科の未履修さえ厭わないという費用対効果による学校運営を是認していたという事実だった。大きな違和感を抱いた記憶がある。

これから教員の給料も退職金もまだまだ減っていくはずである。そろそろ公務員の身分自体を考え直して、思い切って4割くらいカットして、兼業を認めてはどうだろうか。そうすれば優秀な人材の流出も防げるだろう。そして費用対効果の考え方も完全にな馴染ませることができるようになるだろう。

守秘義務さえ厳しい規定を設ければ、公務員である必要は実はあまりないのが教員である。しかも、特殊技能をもっている教員もぱらぱらいるから、他でそれなりに稼げる教員もいる。稼げない教員は我慢を強いられることになる。そもそも他の場で収入を得ることを禁止し、両手両足を縛っておいて、優秀な教員も安月給にあまんじろというのはいただけない。教員評価制度の雀の涙の増収で意欲など喚起されるはずもない。それで聖職だからという理屈までつけられるのでは割に合わないと思う人間が出ても当然だろう。

本を書くような教師は本を書かない教師よりも、多くの場合、学校現場においても現実分析力に圧倒的に優れている。学校マネジメント論のフィールドワークとして学校に残り続ける者や学校コンサルティングの起業も視野に入ってくるようになるだろう。学校を市場原理で考えるならそこまで行った方がいい。

水泳やスキーのインストラクター資格をもつ教師がそれに兼業として取り組めば、間違いなく水泳授業やスキー授業に新しい、革命的な、効果的な指導法を考え出し、実践する者が出てくるはずである。塾講師を兼業とする者は試験学力向上のリーダーシップをとるようになるかもしれない。

要するに学校教育を市場原理で考えるということはそういうことなのだ。優秀でない教師を淘汰したいならば、そうした手法の方がずっと効果がある。即効性もある。間違いない。しかし、校長はとてつもなく大変になる。こんな教師たちを束ねられる校長は現場には皆無である。もう現場から試験を受けて昇進というシステム自体を壊さなければならなくなるだろう。

その方向性に僕は賛成でもないし反対でもない。というかどちらでもいい。僕は本来のコミューン的な学校の方が学校教育にはなじむと思っている。立法・行政・司法の三権を教師がすべてもち、何か事件があっても警察を入れない、治外法権としての学校……それがこの国の学校だった。

でも、バブルが崩壊して、エコノミストたちの未来予想は、そうした学校教育が続かないことを僕らに予見させた。だから、二十代の頃から教育行政だけに頼らない生き方の準備をしてきた。だから現在(いま)がある。

でも、政治も行政も90年代からそれを見通しとして語るべきだった。失われた二十年の前半、みーんな「いまにまた景気はよくなるかもしれない」と甘え続けていた。そのつけを公務員が払わされることになるのは必然といえば必然だ。

学校間競争による規制緩和なんて言ってないで、末端を自由化しろ。締め付けと減収とにともに甘んじろは通用しないぞ。

こういう議論を上げている途中にも、「この多忙が解消されないのに、どうやって兼業などできるのですか」という質問を受けた。こうした政策がとられたとしたら、現在を多忙だと感じるような教師は4割カットに甘んじるしかないのだという答えになる。優秀な教員はいまでも多忙観など抱いてはいない。むしろこの乱世を楽しんでいるところがある。そういうのが「優秀な教員」「優秀な人材」なのだ。

僕はなんとか「学校コミューン」「職員室共同体」が維持されるような、なんとか「学校的メンタリティ」「学校文化」がいまでも維持できるような方策はないかと考え、提案してきた。これからもそういう提案をし続けるだろうと思う。だって僕は学校が好きだし、職員室の鍋ぶた文化も好きだから。しかし、いよいよ本格的に大幅な給与カットが視野に入ってきて、今回の「駆け込み退職」のような問題も出て来たとなると、「学校コミューン」や「職員室共同体」、「学校的メンタリティ」や「学校文化」を維持できない可能性についても考えなければならないし、言及しなければならなくなってくる。

そして時代は安倍内閣である。今日発表された35人学級の断念も経済的な問題である。今回の「駆け込み退職」も経済的な問題である。経済の問題がいよいよ本格的に、目に見える形で学校教育にも入ってきたということなのだ。視野を広げなくてはならない。

駆け込み退職問題は、僕にはこういう時代への幕開けの意味をもっているように見える。

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