時代的必然としての縦糸と横糸
これまで学校教育は全体主義的な教育を目指してきました。全国民に基礎的な学力を保障し、国民の知的レベルを高め、国を挙げて経済成長していく、それが一人一人の国民の生活の向上をも保障していく、そういうモデルです。
また、ある時点から、学校教育は個性的な人間を育てる教育へと移行しました。世界に通用する創造性豊かな国民を育てるとともに、経済界のトップリーダーを育てる、それが経済発展を保障し、全国民の生活を向上させる、そういうモデルです。
前者は系統主義的な戦後教育を、後者は臨教審以来の経験主義的な教育改革を目指しました。前者は管理教育と偏差値教育を生み、後者は深刻な学力低下を招いたと批判されました。結果、時代は「心の教育」に名を借りた青少年の厳罰化、学力向上路線への回帰を謳っています。それが現在(いま)です。
しかし、時代の大勢はいま、このどちらをも求めなくなってきているのではないでしょうか。
国も行政も「学力を向上させよ」と言います。確かに学力向上は大切でしょう。しかし、多くの子どもたちにとって、学力向上の先にいったい何があるというのでしょうか。かつてのように学力を向上させればよりよい人生、つまりは経済の成長と生活の安定が得られる人生を、国や行政は保障してくれるのでしょうか。
「終わりなき日常」(『終わりなき日常を生きろ』宮台真司・筑摩書房・1995年7月)が完璧なまでに完成された時代に、多くの子どもたちが生活の安定を求めて「将来は公務員になりたい」と真顔で言う時代に、多くの国民が生活の安定に嫉妬して公務員バッシングを叫ぶこの時代に、学力向上がかつての意味で機能するのはほんのひと握りの子どもたちに過ぎません。そもそも、公務員になったからと言って特別な幸福感など得られず、その後もただ「終わりなき日常」を生き続けなければならないことを知り尽くしている者こそ、私たち教育公務員なのではないでしょうか。おそらく、夢や希望や幸福という概念を、キャリアや経済を中心に考える時代が終わったのです。
古市憲寿が現在の幸福概念について、「Wiiが一緒にできる恋人や友達のいる生活」あたりが妥当であると指摘しています(『絶望の国の幸福な若者たち』講談社・2011年9月)。つまり、WiiやPSPを買える程度の経済状況があり、それを一緒に楽しむことのできる人間関係さえもっていれば、だいたいの若者は自分を幸せと感じるのだ、というのです。古市は東大大学院に所属する社会学者であり、現在、最も若い世代の論者の一人です。
私はこれを読んで、私が両親や学校教育によって無意識的に与えられてきた幸福感との深い断層を感じざるを得ませんでした。それと同時に、現在の自分自身の幸福感と比べたときには、それほどの落差があるわけではない、とも感じました。現在の経済状況の余剰に対する期待は「WiiやPSPを買える程度」であり、そうした経済的要因と同列の形で「それを一緒に楽しむことのできる」程度の人間関係が挙がってくるのです。ここに見られる幸福概念は間違いなく、「終わりなき日常」を楽しむための幸福概念です。いま、多くの人々が求めているのは、こうしたささやかな幸福なのではないでしょうか。
確かに、学力向上は、幸福感を形づくる経済的要因をある程度は保障する可能性があるでしょう。しかし、それを一緒に楽しむことのできる人間関係要因を保障してはくれません。生活指導や生徒指導も然りです。それは社会的自立という名の、他人に迷惑をかけない生き方を学ぶことを指しますが、豊穣な人間関係の在り方を学ぶという機能は果たし得ません。そこにあるのは、あくまで、広義の〈縦糸〉の論理に過ぎないのです。
昨今、「つながること」「つなげること」が大流行しています。教育界においても、協同学習、ワークショップ、ファシリテーション、グループ・エンカウンター、ピア・サポート、プロジェクト・アドベンチャー……もう数え上げれば切りがないほどです。しかし、「終わりなき日常」を生きる知恵こそが人々の幸福感を形づくる時代にあって、こうした流行はきわめて的を射たものなのです。それが「〈織物モデル〉の横糸」の思想なのだと私は考えています。
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コメント
縦糸と横糸のお話、目からうろこで受け取りました。色々と参考にして試行してみたいです。
質問というか今現在最も悩んでいるのは、教師同士での自発的・積極的な繋がりです。
・生徒-生徒・・・・横糸
・教師-生徒・・・・縦糸
・教師-教師・・・・織物や糸に例えられるでしょうか?
投稿: あっと | 2012年11月 5日 (月) 20時29分
突然訪問します失礼しました。あなたのブログはとてもすばらしいです、本当に感心しました!
投稿: グッチ バッグ メンズ | 2012年11月20日 (火) 00時24分