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エピソードで語る教師力(抄)・2

1.走ったわ。ただひたすら走った。もう後戻りはできないと思って。でも、でもね、私の頭の中には赤い靴のことしかなかったの。これから街に出て、バレリーナになって、赤い靴をはくことだけを考えていたの。そう。赤い靴しか見えなかったの。その他のものは何も見えなかったのよ。何も聞こえなかったのよ。大きな汽笛をならして、近付いてくる列車の音さえ聞こえなかったのよ。/「赤い靴」堀裕嗣作・1992年より

2.私が演劇部顧問として初めて中文連大会での公演を成功させたのは、「赤い靴」という作品でした。アンデルセン童話の「赤い靴」をモチーフに、池田悦子原作・あしべゆうほ作画の漫画「悪魔の花嫁」の一編と映画「サマーストーリー」(監督ピアス・ハガード/1988年)から着眼点をもらって書いた脚本です。

3.1995年、『君をのせて』という脚本を書きました。ある日、雑誌「アエラ」(朝日新聞社)を読んでいると、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の色彩を復元できたという記事が載っていました。そこに着想を得て、タイムスリップによる恋愛、武田泰淳のユダに対する解釈などを盛り込みながらつくった五十分ほどの脚本です。宮崎駿作詞/久石譲作曲の「君をのせて」に感動したことが脚本を書く原動力にもなっています。この年の中学校文化連盟演劇発表会(以下「中文連」)で上演した作品でもあります。

4.主人公が画家を目指す武田優、その祖父母として武田泰淳・百合子、そして主人公優がタイムスリップした1951年で恋に落ちる、後に画家として成功する少女中山愛子、更に「最後の晩餐」の模写を自由に行き来することのできるキリストと、ユダをはじめとする十三人の徒弟たち……。そんな物語です。

5.教師が素の人間として生徒を愛すことは善か悪か。私はあれだけこの子を愛し、一生懸命に指導してきた三年間が実は罪だったのではないか、そんな思いに駆られました。私はこの件で、この問いが、教師は生徒たちの人生にどこまで責任をもつことができるのか、そういう質の問いであることに気がつきました。

6.私はいま思うのです。若い頃に教師が自分の思いを実現しようとするときには、かなり多くの生徒たちを犠牲にする傾向がある。それを自覚しなければならない。この自覚を胸に自分に厳しい目を向けなければならない。そんなふうに思うのです。

7.いいえ、実はかなり年配になった教師の中にも、そうと気づかないままに自分の思いを具現化することだけを中心に部活動指導や学級経営にあたっている教師が多く見られます。そんなエゴイスティックな教師がたくさんいます。それが良い方向に進む事例も確かにあります。しかし、そうでない事例に目をふさいでいる事例もたくさんあるのではないか、実はそちらの方が多いのではないか、私はそう感じるのです。教師は大学を出ると同時に「先生」と呼ばれ、本人がそうと気づかないままに「強大な権力」をもちます。その意味で、このエゴイスティックな構造に陥る危険性が非常に高い職業なのです。

8.「鍛国研・札幌支部」は野口先生が道教大函館校にいる間の四年間だけという、最初から期間限定で始めた活動でした。二○○一年一月の三○○人近い参加者を集めた大会の後、二月に「野口・授業道場 ファイナル」を開催して、私たちは「鍛国研・札幌支部」を解散しました。「研究集団ことのは」は再び、ただの中学校国語科教育の研究サークルに戻ったのです。

9.この四年間に関わった人たちは「こんな成果を挙げたのに、なぜ、やめるのか」といぶかしげに質問してきました。しかし、私たちにとって「鍛える国語教室研究会」は仮の姿であって、あくまで自分たちが「研究集団ことのは」であり続けることを選んだのでした。

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