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エピソードで語る教師力(抄)・3

1.最近、研究サークルの活動や各種セミナー、教育系NPO法人によるイベントや学生団体によるイベントなど、全国的に様々な活動が行われるようになりました。最近の若い人たちは意欲があるなあ、私のようにそれなりに活動してきたという自負のある者でさえ思います。

2.しかし、原稿や論文を書く機会となると、私たちの世代と比べてずいぶんと少なくなってきているのではないでしょうか。二○○○年前後から数々の教育雑誌が廃刊してり休刊したりしました。同人誌で発信しようという動きもほとんど見られなくなりました。

3.若い世代もブログやツイッターをはじめとしたパーソナルメディアで発信しているではないか、そう思う向きもあるかもしれません。しかし、仲間内に読まれることを想定するのではなく、自分よりも質の高い実践者を読者として想定しながら、フォーマットの決まった、構成意識をしっかりともって書かなければならない文章を書くという経験は、ほとんどなくなっているのが現状です。商業雑誌や同人誌の原稿とブログとでは、そのプレッシャーが全然違うのです

4.若い読者の皆さんには、これからの教師生活において「書き続けること」を固く決意して欲しいなと思います。

5.浴びるほど読み、脂汗をかくほどに書くのです。そこにこそ思考が生まれ成長が生まれます。摘み食いするように聞き、垂れ流すように話す経験をいくら積んでも、幻想の思考と幻想の成長しかありません。そんな幻想が若者たちの中で同世代のみに通じる共同幻想になりつつあります。それではいけません。

6.書くことは、成長のために採り入れるべきか採り入れないべきかと迷う対象ではありません。書くことは成長の前提なのです。書かない者に思考はありません。思考のない者に成長はありません。書くことが成長の前提である所以です。

7.文章を書かない人に有能な人はいません。「書けない人」ではなく、「書かない人」です。書けなくても書く人、書くことと格闘する人はいます。そういう人の中には有能な人がたくさんいます。しかし、「書かない人」は須く無能です。それが「書くこと」と「成長すること」との関係なのです。

8.書くことがない?冗談じゃない。それは書かないからです。自分の考えているすべてを書いてみたいと思ったことがないからです。すべてを書こうとしてご覧なさい。どんなに言葉を尽くしても、「書き切れた」と思える瞬間など永久にやってはきません。でも書けば書くほど書くべきことは増えていくのです。

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