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目指せ!国語の達人 魔法の「音読ネタ」50

教室ファシリテーションへのステップ・1
目指せ!国語の達人 魔法の「音読ネタ」50

堀裕嗣・山下幸編・「研究集団ことのは」著/明治図書

まえがき

拙著『教室ファシリテーション10のアイテム・100のステップ』(学事出版)をお読みいただいた方の何人もから同じ質問を受けました。

「教室ファシリテーションの理念はよくわかりました。手法もよくわかりました。でも、いきなり導入してうまく行くのでしょうか……。」

なるほど、その不安はよくわかります。

「本当にうまくいくのか不安で、最初の一歩が踏み出せません。」とか、或いは「実際にやってみたけれど、なんとなくしっくり来ないんです。他に何かコツがあるんじゃないでしょうか。」とかいった声もありました。

こうした声に触れて、私は気がつきました。そういや、子どもたちをつなげるこの手の活動は、ダイナミックな教室ファシリテーションの手法に取り組む以前に、日常的に小さな活動をたくさんしている、と……。教室ファシリテーションで提案したダイナミックな手法は、そうした日常的な取り組みを前提としていたのだ、と……。

今回、「教室ファシリテーションへのステップ」と題して、国語科の授業の在り方について、音読・スピーチ・聞き方・作文・話し合いの五つについて、ネタを含めてシリーズで上梓させていただくことになりました。本書はその1冊目「音読編」です。

国語科の授業で行われる音読には一般に、二つの方向性があります。

一つは文章の理解を促すための活動としての音読、もう一つは文章を理解した後に自分の読みを表現する活動としての音読です。教材の学習の最初に行われる範読や一斉音読、句点読み(通称「まる読み」)などは前者ですし、学習の最後に行われる朗読や群読、表現読みや劇化などは後者です。本書はこの理解としての音読と表現としての音読の両者をバランス良く配置したつもりです。

また、本書の特徴は、すべての実践ネタが「音読をうまくなる」「上手に音読として表現する」ということだけでなく、学習活動として子どもたちを〈つなげる〉ということに大きく配慮した点です。50のネタのうち、教材の読み方を教師に教えてもらい、個人で音読練習をするというタイプのものは一つもありません。そのすべてが、子どもたちが心を一つにして読み合うとか、子どもたちが「ああでもないこうでもない」と交流し合いながら一つの読みを創り上げていくとか、そうした方向性を明確に抱いての実践ネタになっているのです。

国語科に限らず、いま、子どもたちは一人で学習に取り組むことに対して意欲を維持できない傾向があります。また、「勉強になるんだよ」「うまくなれるんだよ」といった目的意識だけでは授業への集中力が続かないという傾向も見て取れます。更には、学習活動に楽しさのしかけがないと、なかなか取り組もうとしない実態さえあります。

しかし、逆に言うと、学習の意義を理解し、みんなで取り組む学習活動があり、そこに楽しさのしかけさえあれば、学びはものすごい勢いで成立するということなのです。その勢いはかつての学習、かつての授業とは異なり、子どもたち相互の相乗効果でノリにノッての学習へと向かいます。そこには長く一斉授業にのみ慣れてきた私たち教師が驚くほどの学びが成立することさえ珍しくはありません。

本書はそんな子どもたちの姿を音読の授業で見てみたい、そんな強い願いを抱く教師たちによって作られました。本書が現場の国語授業の活性化に少しでもお役に立てるなら、それは望外の幸甚です。

あとがき

本書は「研究集団ことのは」にとって、2年振り、12冊目の共著となります。国語科授業の本ということになると10年振りです。

サークルも10年の時を隔てますと、いろいろなことが起こります。メンバーも離脱や加入を繰り返してずいぶんと入れ替わりました。それでも2010年代になったのを機に新たな再スタートということで、本書を企画させていただきました。

「研究集団ことのは」は現在、かねてから研究対象としてきた①深い教材研究を通してより高度で系統的な一斉授業を目指すこと、②国語科の授業づくりをプラグマティックにとらえた言語技術教育を目指すこと、③語り手の自己表出と物語との関係を読者論的に読み解く文学教育を目指すことという三つを捨てることなく、第四の研究領域として④教室ファシリテーションにおける系統的な学習活動を開発することを選びました。本書はその第一弾ということになります。 

思えば、「研究集団ことのは」はファシリテーションのごとき多様性を内部に触発させようとし続けてきたサークルです。

日文協の文学教育・法則化運動・国語学・認知心理学というそれぞれ専門領域の異なる国語教師が4人集まって、異質な者が集って互いが互いから学び合おうというのが結成の動機でした。その後も古典文学を専攻する者、漢文学を専攻する者、教育社会学を専攻する者、授業づくりネットワークの中心的な活動家、北海道の教室ディベートの第一人者などなど、常に異質な者をメンバーに加えてきました。長くいっしょに研究活動をしていると、当初は異質であった者たちもだんだんと発想が近づいてきます。井の中の蛙化していきます。私たちが最も怖れるのは、学び合う異質な者同士が響き合いすぎてしまうと、次第に似た者同士になってしまい、しかもそれを自分たちが自覚できなくなってしまうのだということでした。私たちはだれよりそのことを熟知している集団であると自負しています。

ファシリテーションを私たちなりにごくごく簡単に定義づければ、「異質で多様な者たちが集まって交流することによって、互いに触発し合い、最終的には学びのブレイクスルーが起こる、その過程を促進すること」とでもなりましょうか。私たちはずーっとそれを心から求め、常に学びのブレイクスルーに飢え続けている、そういうサークルだという自己認識をもっています。思えば、私たちはファシリテーションと出逢うべくして出逢ったのではないかとさえ思われるほどです。

こうした活動を長く続けてきたおかげで、いまや「研究集団ことのは」には、いわば「ピン芸人」とでも言うべき、一人で独自の提案をしているメンバーがたくさんいる、そんな集団になりました。指導主事になった者も一人や二人ではありません。若くして管理職になった者も一人や二人ではありません。おそらく我々が常に異質な者を取り込んできたことによつて、広い視野からものを見たり、多様な視点から物事を分析したり、異なる領域や分野の理論・実践を融合したりということを、ごく自然の日常としているせいなのだと思います。

「研究集団ことのは」はこれからもまだまだ成長し続けるでしょう。本書もまだまだ一つの過程に過ぎません。その自覚を腹の底から抱いている……実はそれこそが我々の強みなのだと感じています。

このたびは企画から出版に至るまで、編集の及川誠さんには並々ならぬご助力をいただきました。特に、謙虚な姿勢、謙虚な言葉遣いで強く原稿を督促する……というモデルを示していただきました。私たちも子どもたちへの接し方の一つとして参考にさせていただきたいと思います(笑)。ありがとうございました。

瀬木貴将/MOON ROAD を聴きながら…
2012年9月30日 自宅書斎にて 堀  裕 嗣

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