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教師の職場 コミュニケーションの極意

極意17

例えば力量のある教師がものすごい学級経営をしているとします。でも多くの場合、その学級の隣にはその教師と比較されることによって苦しんでいる担任がいるものです。力量のある教師は隣の学級担任が苦しまないように、隣の学級の子どもたちが損したと思わないように配慮する必要があります。

語彙18

何かを思考しようとするとき、何かを議論しようとするとき、「絶対なんてない」という論理は取り敢えず括弧に括らなければなりません。括弧に括って、もっといいものはないか、いま自分が考えているよりも高次の見解はないか、こういう構えで思考したり議論したりしないことにはすべてが現状維持です。

語彙19

生徒指導屋には生徒指導屋の役割があり、担任屋には担任屋の役割があります。研究屋には研究屋の、教務屋には教務屋の、行事屋には行事屋の役割があります。もちろん管理職にも管理職の役割があります。これらを有機的に結びつけること。教員再生の道も学校再生の道もこのこと以外にはありません。

極意20

人材不足を嘆く言葉を見ると哀しくなります。ぼくは自分の地域にも自分の学校にも、人材きら星のごとくに見えます。ないのはそれぞれの能力とか資質をつなげ、有機的に機能させるようなシステムだと感じています。教育の現場は能力や資質はもちろん、どんな小さな趣味でも嗜好でも活かせる場所です。

極意21

職員会議は何が正しいかではなく、だれが言ったかで決まります。その意味で、職員室でまず目指すべきは「あの人がいうなら仕方ない」と思ってもらえるような人間として認めてもらうことになります。良いか悪いかは別としてこれが真実です。「うちの先生方は……」と嘆く方にはいつもこう言います。

極意22

その人が好きでも嫌いでも買おうが買うまいが、「あなたを信じておまかせします」と言えばいいのです。「まかせる」と言われたとき、それが人間がもっとも力を発揮するときです。ネガティヴな感情も関係も好転していくものです。おまかせします……なんと美しく、おくゆかしいことばなのでしょう。

極意23

結局、人は楽しい雰囲気の中にいるときに最も成長するのだと実感させられます。大人も子供も楽しいからこそ、高いハードルにも挑戦しようと思うのです。生徒を見ても若手教師を見ていてもこれを実感します。自らの中で、楽しさと成長とが融合された瞬間を実感したとき、人はそれを「充実」と呼びます。

極意24

教師は、若いうちから一国一城の主になれるまれな職業です。その分、一人で突っ走り、若いうちから自分はいっぱしの者だと勘違いしやすい職業でもあります。教師の成長には、その勘違いを謙虚に戒めて成長する場合と、その勘違いに実質を伴わせて勘違いではなくする場合と、二つあるように思います。

極意25

指導力不足教員は本当に学校から廃絶した方が良いのか。指導力不足とは相対的なものではないか。指導力不足教員を100人排除したら、101番目から200番目までが新たな指導力不足教員にならないか。指導力不足教員を100人排除したら、次はあなたの番、そしてぼくの番なのではないでしょうか。

極意26

頑張らなきゃならないけれど、頑張りすぎてはいけない。自分で限界をつくっちゃいけないけれど、決して無限だと思ってはならない。みんなこんなあたり前のことを忘れがちになる。視野狭窄に陥る。みんな完璧じゃないけれど可能性はある。「完璧じゃない」も「可能性がある」もともに忘れてはならない。

極意27

誤解を怖れずに言えば、仕事なんてなんとでもなるのです。あなたが一日くらい休んだところで、あなたが突如入院したところで、あなたが心の病で休職したところで、だれかがなんとかしてくれます。強迫観念で働くことをやめて、もっとおおらかに働きましょう。日本人にはこのくらいの気持ちが必要です。

極意28

師をもつ。あなたは師をもっているでしょうか。教師として子どもたちの前に立っているというのに、自らは学生時代に習ったことなど役に立たないなどと嘆いてはいないでしょうか。私は二十数年の実践研究生活で確信しています。良き実践者は必ず良き師をもっているというテーゼを信じて疑いません。

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