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5月20日(日)

1.朝の仕事はまず、昨日の例会で決まった共著の執筆分担などを整理して、著作関係の「ことのは」のMLに挙げること。例会に参加していないメンバーはきっとびっくりするに違いない。どんどん具体化してくる。8年振りに「研究集団ことのは」が猛烈なスピードで動き始めている。久し振りの感慨である。

2.音読というと教室で一人一人が練習する光景が思い浮かびます。せいぜい隣の人同士で「まる読み」をさせているとか、グループで古文の「暗唱」をし合うとか、その程度のことしか行われていないのが現実です。ダイナミックな協同学習として「群読」の実践がありますが、これも「群読」の価値を理解し、「群読」の楽しさを子どもたちに体験させたいと強く願う教師の実践がまれに見られる程度……。ごくごく一部の教師の取り組みに過ぎません。

3.その結果、音読を得意とする子どもは先生の助言を参考にしながら、自分でどんどん工夫してどんどん上手くなっていきますが、読み間違えたり、つっかえたり、たどたどしい読み方をする子はいつまでたってもたどたどしいまま……そんな現実があります。音読が文章を読む力を身につけていくうえで重要であるとだれもが知っているのに、その授業の多くは旧態依然です。

4.しかし、音読は協同学習的な発想で授業づくりをしようとする場合にも、実はかなり可能性をもっている学習事項です。みんなで声を出し合うとか、みんなで声を揃えて読むとか、みんなでテンポを合わせるとか、みんなで呼吸を合わせるとか、みんなで間を合わせるとか、みんなで読みの工夫を考えるとか、みんなで音読しながら演じてみるとか、思いつくままに挙げてみても、子どもたちがみんなで行うことに価値を見出すことができる、そんな活動がいくらでも浮かんできます。

5.逆に、みんなでテンポをずらしてみるとか、みんなで間をずらしてみるとか、違いを際立たせることによって学習効果を生む、そんな活動も想定できそうです。グループで互いに音読を披露し合って批評し合う、なんていう学習も成立します。

6.「つながること」が大流行しています。時代のキーワードにもなっているほどです。それと同時に、学校教育でも「つなげる」ための実践が数多く発表されるようになりました。
しかし、「つながる」とはどういうことなのでしょうか。そして、「つなげる」とはいったい何をどうすることなのでしょうか。具体的に考えてみるといまひとつイメージがつかめないものです。

7.自分が〈つながった〉経験をもつ者は、実感的に「ああ、つながった」という高揚感を抱きます。その高揚感によって直感的に〈つながった〉ことを意識できます。それに喜びを感じると同時に、意義も実感します。しかし、どうすれば〈つながる〉のか、どうすれば〈つなげる〉ことができるのか、「ワールド・カフェ」や「ホワイトボード・ミーティング」といったシステムは知っているものの、また、そうした実践も数多く行われているものの、日常実践とは切り離されている……そんな例が多く見られます。

8.私は「教室ファシリテーション・セミナー」と題して、全国の大都市でセミナーを開催しています。「ワールド・カフェ」(以下「WC」)や「オープン・スペース・テクノロジー」(以下「OST」)などをどのように教室に持ち込むのか、具体的に提案してまわっています。

9.そこで多く質問されるのは、「WCもOSTもよくわかりました。でも、これらは学級経営がうまくいっている学級でのみ機能するものですよね」とか、「WCもOSTもわかった。でも、いきなり教室に導入するのは難しいように思う。ここまでにどのようなステップがあるのか」とかいうものです。まだまだファシリテーションというものが、①WCやOSTといった〈システム〉だと捉えられていること、②日常実践とはかけ離れたものだと捉えられていること、の証左です。そして何より、③多くの先生の日常実践が子どもたちを〈つなげる〉という意識が希薄なままに行われているのが現実だという何よりの証拠でもあります。

10.ファシリテーションは、決してWCやOSTといったダイナミックな〈システム〉を指しているのではありません。「ファシリテイト」とは「促進する」という意味です。議論や交流、会話を「促進する」こと、それがファシリテーションなのであって、その顕著な例、顕著なシステムとしてWCやOSTがあるだけなのです。

11.従って、協同的な音読活動を促進する手法があるとすれば、それはもう充分にファシリテーションです。話し合いを促して協同的なアクションプランを構築するための手法、それも紛れもないファシリテーションなのです。

12.私たち「研究集団ことのは」は、「教室ファシリテーション」という名を用いて、ファシリテーションの発想を教室に持ち込むことを提案していますが、その定義は「協同的な学びを促進することを意識して行われ、子どもたちを〈つなげる〉ことに寄与する教育実践」くらいの非常に緩いものに過ぎません。

13.「つながること」「つなげること」は日常実践でこそ大きく意識すべきである……それが私たちの基本的な発想なのです。

14.しかし、次の指示でその表情が一変します。「では、もう一度、ご起立ください」と言ったあと、次のような指示を出したのです。
「これから、みなさんにもう一度読んでいただきますが、その際、一度も読み間違わず、詰まらず、噛まず、読んでいただきます。いいですか?咳もくしゃみもダメですよ。これから声を揃えて一斉に読み始めますが、自分が読み間違えたり噛んだりしたら、座ってください。では、サンハイ!」
学生さんたちは真剣な表情で読み始めました。3行目に入ったころから、一人、また一人と座っていきます。それでも中学校の教科書にして半頁くらいの量ですから、最後まで読み切った学生さんが200人程度はいました。最後まで読み切った学生さんたち、つまり最後まで立ったまま読むことのできた学生さんたちは、一様に笑顔を見せてほっとした様子です。

15.そこでたたみかけます。
「皆さんはこれまで20年前後の人生を歩んで来られました。小学校1年生から始まって、これまで何度も音読を経験してきているはずです。これからその20年の人生における『最高の音読』の音読をしていただきます。いいですか?声の出し方、呼吸、間、抑揚に至るまで、人生最高です。それでは練習時間を2分間とりますから、各自練習してみましょう。」
学生さんたちの一斉練習が始まりました。みんな眼差しは真剣です。表情に悲壮感の漂っている学生さんさえいるほどです。こうした〈適度な抵抗〉というものは、やはり多くの人を真剣にさせるのです。私は中学生と同じだなあ……などと不謹慎なことを考えながら見ていました。その後、「テンポは各自で決めて良いんですよ。だから、さっきのようには声は決してそろいませんよ」と言って、一斉に「最高の読み」をさせました。終わったとき、学生さんたちの表情はやはり一様にほっとした様子でした。

16.ここで私は次のように話しました。
「ここまでは、先生の指示を皆さんが聞いて活動に取り組むという授業でした。皆さんは一生懸命に取り組んでくれましたが、こういう授業だけでは先生のと皆さん一人ひとりとは線で結ばれますが、皆さん同士はつながりません。要するに、教師と生徒の〈縦糸〉を張ることはできても、生徒同士の〈横糸〉を張ることはできないわけです。現在、こういう授業だけでは、授業崩壊・学級崩壊になりかねないわけです。」

17.そこで、私は学生さんたちに二人ひと組のペアをつくらせました。
「では、まず一人が自分の『最高の読み』を披露してください。もう一人の人はそれを聞き終わって、『ああ、あなたの読みは人生最高の読みにふさわしい』と感じたら、『あんたは最高!』と言ってハイタッチをして、短い感想で褒めてあげてください。それが終わったら交代です。はじめ!」
これで会場は一気にはじけました。あちらこちらで、ものすごいハイタッチが交わされています。「あんたは最高!」「センスいいねえ!」「さすがだねえ!」と、シラジラしいまでの褒め合い・たたえ合いの大合唱が始まります。

18.みんな自分の努力は褒めてもらいたいし、他人の努力はたたえてあげたいのです。そうした人間だれしももっている無意識を表出させてあげる、顕在化してあげる、そういう場をつくってあげる、それこそがファシリテーション、つまり「促進する」ということなのです。或いは「〈その気〉にさせる仕掛け」と言い換えても良いかもしれません。

19.更に音読活動は続きます。
「では、6人のグループをつくってください。皆さん大学生ですから、このようにつくりなさいと指示しなくても、6人グループくらいつくれますね。百歩譲って、5人と7人はOKとしますが、4人や8人はダメです。グループをつくったら、この会場内のどこでも良いですから、空いているスペースで向かい合って輪をつくってください。なんならステージの上に上がってきても良いですよ。」

20.こうして多数の輪をつくらせたあと、ステージ中央のすぐ下にいたグループを例に、これから取り組む音読の仕方を説明しました。
「これからする音読は『句読点読み』です。いいですか?小学校のときにやった『句点読み』、つまり『まる読み』ではありません。『。』だけではなく、『、』でも読む人が交代するのです。しかも、最初のAさんが読み始めたら、続きを読む人はそのAさんのトーン、Aさんのテンポを倣って読んでいきます。結果、6人で読みながらも、一人の人が読んでいるような、そんな音読を目指します。もちろん、読み間違わず、詰まらず、噛まずに読みます。」
会場はだれもが笑顔。これから始まる6人で協力しての音読が楽しそうに思えて仕方ないのです。これも「〈その気〉にさせる仕掛け」です。

21.実は、このときに用いた教材、菊池寛の「形」の冒頭は次のような文章なのです。
「摂津半国の主であった松山新介の侍大将中村新兵衛は、五畿内中国に聞こえた大豪の士であった。/そのころ、畿内を分領していた筒井、松永、荒木、和田、別所など大名小名の手の者で、『鎗中村』を知らぬ者は、恐らく一人もなかっただろう。それほど、新兵衛の……」

22.この「そのころ、畿内を分領していた筒井、松永、荒木、和田、別所など大名小名の手の者で、」における「筒井、松永、荒木、和田、別所など」という箇所を一人の人間が読んでいるように6人で読んでいく、ということの難しさと楽しさとやり甲斐……こうしたことが、まさに「〈その気〉にさせる仕掛け」になっているわけです。これを私は「句読点リレー音読」と呼んでいます。

23.学生さんたちは夢中になって「句読点リレー音読」に取り組み、時間が来たので私が「やめ」の合図をしてもなかなかやめない、そんな雰囲気になっていました。ある意味、私の「促進」が成功していたことの証拠です。

24.皆さんも学校に通っていた頃、教室全員で座席順に一文ずつ音読していった経験があるのではないでしょうか。また、教師になってからもそうした活動を子どもたちにさせたという方もいらっしゃるかもしれません。そんなとき、必ず出るのが、自分の番が来たときに「えっ?どこ?」と隣の人に訊いている子です。教師としては、他の人が読んでいるときも子どもたち全員が黙読する想定で組んでいる活動なのですが、なかなか子どもたち全員がそういう状況にはならないものです。しかし、この「句読点リレー音読」ではそんなことは絶対に起きません。みんなが間違いなく、いままさに音読されている活字を目で追い続けます。

25.しかも、決して目で追っているだけではありません。ここでは、「発声」とか「呼吸」とか「口形」とか「間」とか「抑揚」とか「基本トーン」とか「ブレスの位置」に至るまで、みんなで気持ちを合わせながら頭の中では全員が音読している……そういう状態になっています。①読む人が句読点で交代するという読む対象の短さ、②教材自体に読点の連続によるフレーズがあること、③6人という〈適度な抵抗〉をもつ人数構成、④指定されている座席から離れて広い空間で活動しているという開放感、⑤これまで一人音読やペアグループ学習を通じてスモールステップで培ってきた成長実感などなど、様々な「〈その気〉にさせる仕掛け」がこの状態、この現象をつくっているのです。

26.「ファシリテーション」の「促進」とは、このように時間軸と空間軸とが計算され、綿密に準備されたことによって現象する「促進」、そうした意味合いの「促進」なのです。

27.こうした授業のつくり方についてもう少し詳しくお知りになりたいという方は、「教室ファシリテーション」に関しては拙著『教室ファシリテーション10のアイテム・100のステップ』(学事出版/2012年3月)を、また時間軸と空間軸とをどう交差させ、どう準備するかについては拙著『一斉授業10の原理・100の原則』(学事出版/2012年10月刊行予定)を御参照いただければ幸いです。

28.一昨日から妻が修学旅行に行っているので、一人で食事しています。近くのローソンでローソンオリジナルのレトルトカレーとハヤシを買ってきて、ご飯だけ炊いて、カレーライスとハヤシライスばかり食べています。もしも自分が一人暮らしだったら、こういう生活になってしまうのだなあ……と実感します。

29.昔、我が家のカレーはジャワカレーの辛口でした。5つ下の妹がカレーを食べられるようになった頃、我が家のカレーはバーモンドカレーの甘口になりました。私は母に文句を言うと、「お母さんに二種類つくれというの?お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」と叱られました。そんなことを想い出しました。

30.親父が倒れ、お袋も老いました。あんななんでもない日常がどれだけ幸せな時代だったのか、そんなことを思い知られます。でも、まだ両親が生きているだけ幸せなのでしょう。日曜日、一日中PCに向かって原稿を書いている、そんな自分に罪悪感に似たものを感じてしまいます。

31.音読指導は何を措いても、教師の〈範読〉から始まります。音読に苦手意識をもっている教師でも、必ず、あくまで自分の声で、しかも毎回、「人生最高の読み」を目指して行うのです。決して指導書についている教材朗読CDなどを聞かせてはなりません。あんなプロの朗読家や俳優が読むもの聞かせるのではなく、他ならぬあなた自身が人生をかけて最高の読みをしようとしている、その姿を示すのです。

32.教師に必要なのは「指導力」以上に「感化力」です。子どもたちはあなたの背中を見ながら学習に取り組むのです。そんな子どもたちのモデルとして機能し、影響力をもっている教師自身が、苦手意識を抱いているからといって逃げてはなりません。前日までに、いいえ、当日の朝も、練習に練習を重ねて「人生最高の読み」を披露するのです。その姿は間違いなく子どもたちを動かします。まずは教師がこうした姿勢をもつこと、それがファシリテーターとしての教師のみならず、〈教師力〉と呼ばれるものの基本です。

33.私は新しい教材に入るとき、いつも真剣に範読することにしています。私は中学校の教師ですから、持ち学級の数だけ、各学級で何度も範読することになります。例えば2012年度、3年生を6クラス持っていますが、6回同じように〈範読〉を繰り返します。それも前の学級よりも良い読みをと考えて範読します。中学3年生の教材は長いですから、ときには30分もかかることさえあります。それが一日に5回もあるという日もあります。その日の夜には喉が痛いなんてこともあります。それでも手を抜かないのです。繰り返しになりますが、教師がこうした姿勢を堅持することこそが子どもたちを動かす、そのことを私が実感しているからです。

34.教師の〈範読〉は情感を込めることなく、淡々と読むのが良いと主張する方がいらっしゃいます。教師が情感を込めて〈範読〉すると、子どもたちを教師の解釈へと無意識的に誘ってしまい、子どもたちの読みの主体性を損なってしまう、というわけです。一理ある見解と思います。

35.しかし、こうした主張に対しては、私は「〈優先順位の問題〉である」と反論することにしています。子どもの読みの主体性を損なってしまうことによるデメリットと、教師が本気で読む姿を示すことのメリットと、どちらを優先順位が高いと判断するかという問題です。私は教師の本気の姿勢を見せることのメリットをとる、そういうことです。

36.私は新しい学年をもち、初めて子どもたちに範読する際、次のような指導言で始めることにしています。
「鉛筆を持ってください。これから、先生が一度読みます。皆さんは読めない漢字に振り仮名を振ってください。読める漢字に振り仮名を振ってはいけません。そんなことをしていたら、振り仮名に頼る人間になってしまいます。堀先生は国語の先生として、皆さんにそんな人間になって欲しくはありません。あくまで鉛筆で振り仮名を振って、読めるようになったら消してください。そういうつもりで振り仮名を振ってくださいね。」

37.こうして情感を込めて「人生最高の読み」を志向しながらも、子どもたちが読めないだろうなという漢字についてはゆっくり読んで振り仮名を振ることを促します。本当はこんなことをしないで、〈範読〉と漢字の読みとを分けたいのですが、それではどうしても時間がかかってしまいます。泣く泣くこれを同時にやれる技術というか感覚を身につけました。これも優先順位による判断です。

38.音読指導をテーマとした文章としては余談になってしまいますが、教師の指導行為というものは、こうした優先順位による判断の連続といえます。この感覚を身につけていない者が先鋭的で原理主義的な実践提案を行うのです。教職にない方の教育実践に関する提案が、提案生がありながら使えないことが多いのは、おそらくそのせいです。

39.「研究集団ことのは」共著シリーズ「教室ファシリテーションへのステップ」第1巻第1章20頁を脱稿。今日一日頑張った甲斐あり。これでひと安心。第1巻は音読。音読の基本的指導過程、音読指導のバリエーション、音読技術をまとめることができた。これは全国の国語教室にそれなりに寄与するだろう。

40.それにしても、怖いくらいに仕事が思ったとおりに片づいていく。「片づいていく」という表現は依頼してくださった方に失礼だけれども、まさに「片づいていく」という勢いで片づいていく。何か悪いことが起こるのではないだろうか。人生なんてバランスでできていて、帳尻が合ってできているものだから。

41.2のつく年は僕にとって原稿の年である。1992年は僕が初めて紀要論文を書いた年だ。2002年は編著を5冊上梓して、「教育科学国語教育」に連載した年だ。そして今年が2012年である。あまりにも多くの原稿依頼に自分自身が圧倒されてしまっている年である。それでも一つ一つ仕上げている。

42.それに比して、1のつく年は僕にとって悲哀の年である。1991年は友人が25歳で自殺し、2001年は師匠が54歳で急逝し、2011年は学生時代からの畏友が44歳で急逝した。こういうのって、果たして偶然なのだろうか。

43.連休。昨日の昼間は懸案の本のプロットを立て、夜は楽しいサークル例会。今日はこれまた懸案のサークル共著の執筆分を脱稿。そして愛知の銘酒「空」に舌鼓。満足だ。心の底から満足だ。明日からはいよいよ「一斉授業」の執筆に入る。でも、少しペースを落として、修学旅行に向けて疲れをとらなくちゃ。

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