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何でもできると思ったら大間違いである

私は、人は「自分に何ができるか」ではなく「自分には何ができないか」を最初に考えるべきだと思っています。できないことをやろうとしてそれがうまくいかないと、かえってやらなかったときよりも他人を傷つけることがあります。できないことに取り組み始めないことも重要なのです。

「先生はいじめは絶対に許さない!ちょっとでも何か傷つけられたということがあれば、どんな小さなことでも先生に相談しなさい。先生はちゃんと話を聞いて対応します。」

4月、こう宣言したとします。

5月になって、おとなしめのある女の子がか細い声で「先生……」と声をかけてきました。ところが、そのとき、教師がたまたま急ぎの連絡をする用事があって急いでいたために、「ちょっと待ってね。いま、急いでるんだ。あとでね。」と用事を優先させてしまいました。教師側からみれば些細なことに感じますが、こんな小さなことが4月の宣言を「嘘」にしてしまい、教師の「言行不一致」と捉えられてしまう要因になってしまいます。この場合、用事を済ませたあとにほんとうにすぐに戻ってきてその子に対応すればまだ間に合いますが、それを忘れてしまったとしたら、その子との人間関係は致命的な破綻を迎える可能性さえあります。この子は「どんな小さなことでも先生に相談しなさい。先生はちゃんと話を聞いて対応します」という教師の言葉を信用していたわけですから。

実は、こうした、教師の側から見れば些細なことのように思えることが、生徒の側から見れば大きなことと捉えているという事案は、学校生活において多々あるものです。特に、女子生徒に対して、「いつでも相談しなさい」とか「先生が絶対に守るから」といった発言をすることは、かなりの危険を伴います。教師にしてみれば、「いつでも相談しなさい」の「いつでも」には真夜中や土日は含まれていません。一般的にはそれが常識でしょう。しかし、その女子生徒にとって、「いつでも」は文字通り「いつでも」かもしれないのです。つまり、真夜中であろうと休日であろうと「いつでも」です。

特に、最近は携帯電話の普及によって、生徒たちのコミュニケーションは24時間、絶え間なく動いています。真夜中に自分を中傷するメールが届いた。日曜日の朝、ふと友人のブログを読むと明らかに自分の悪口と思われる内容が綴られていた。こうしたことがあったとき、「いつでも相談して良い」と言ってくれている担任がいるというのは、間違いなく生徒にとっては心強いはずです。

こうして真夜中や休日にメールや電話が来ました。教師にとっては明らかに迷惑な話です。しかし、「いつでも相談しなさい」と言った手前、教師はそのような時間、そのような休日であっても対応せざるを得ません。断ってしまっては、生徒に裏切りと思われてしまいますから。

しかし、問題なのは、これに一度対応してしまうと、絶対に一度では終わらないということです。二度目も言うとおりに対応しました。三度目も同じように対応しました。でも、どうしても迷惑がっているのが表情に出てしまいます。それが当の女生徒にも伝わります。結果、その生徒の中では「先生は嘘をついた」「先生に裏切られた」になっていくわけです。

こうした経緯があっての人間関係の断絶は、実は最初から何もしなかった場合の人間関係の希薄さよりも、何倍もこの生徒を傷つけます。不登校や非行化、場合によっては自殺まで考えるという生徒もいます。特に、もともとリストカットの傾向があるなどという場合には、こうした指導の在り方は厳禁です。

私たちは神ではありません。私たちにも私たちの生活があります。教師にもできることとできないことがあるのです。自分には何ができて何ができないのか、常に意識して生徒にあたることが必要です。

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