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明後日の思想

私には、効果的な、ある発想法があります。それは私が「明後日(あさつて)の思想」と呼んでいるものです。今日でも明日でもない、常に明後日のことの考えてみる……そういう思想です。

私は主宰している研究会で先生方の悩み事相談会のようなことを年に数回行います。先生方からは実に様々な悩み事が出ます。しかし、どのような悩み事に対しても、私の答えは大筋ではたった一つです。

私はいつも次のように答えることにしています。

まず、5年後の自分を考えてみましょう。5年後も自分は教員として働いています。いまの自分よりは、教師として少しだけ成長しているはず……そんな5年後の自分です。

さあ、その5年後の自分は、いまの自分の苦しみをどう感じているでしょうか。きっとやんちゃな生徒をもったあの苦しみは、保護者の執拗なクレームに悩まされたあの月日は、同僚と上手くいかなくて「やってらんねえよなあ」と感じたあの一年は、いまの自分にとって必要な経験だった、そう感じているのではないでしょうか。

これまでだって、いくつも、「人生の危機」と感じられたことはたくさんあったのではありませんか。ママに叱られたとき、あの娘に振られたとき、大学や教採に落ちたとき、祖父母が亡くなったとき、確かに世界は絶望的に見えました。でも、ちゃんと乗り切ってきたではありませんか。いまの出来事も絶望的だなんて思わないで、5年後の自分が振り返るときの良い経験にしようではありませんか。そう考えて、もう少し頑張ってみませんか……。

それでもダメだ、絶望的だというのであれば、逃げればいいのです。こだわりを捨てて流されてみる、恥も外聞も捨てて逃げてみる、そういうことだって、長い目で見れば経験なのです。だれだって究極的には他人よりも自分が大事です。精神を病んでまで、死にたいと思ってまで、他人に迷惑をかけないことを優先する必要はありません。

精神を病みそうならば休めばいい。死にたいなんて考えるようになったら退職したほうがいい。教職は確かに尊い仕事ですが、精神を病んだり、命を賭けてまでしがみつくべき仕事ではありません。

ここでのポイントは「5年後の自分を考えてみること」です。

まずは鷲田清一先生の次の文章を読んでみましょう。

激しい苦痛は、ひとを「いま」に閉じ込める。激痛に見舞われているとき、わたしは激痛が消えたあとのことを思って、気を紛らす余裕がない。過ぎ去った昔の思い出に安らかに浸ることもできない。二、三分後、二、三分前のことすら考えることもできない。文字どおり、ひとは「いま」に貼りつけられる。(『「待つ」ということ』鷲田清一・角川選書・平成18年8月)

躰の痛みが例に挙げられていますが、心の痛みも同じです。ひとたびネガティヴな心象に捕らわれてしまうと、人間は「現在(いま)」に縛り付けられてしまい、「いまという瞬間」が過去とも未来とも繋がっている動的なものであることを忘れてしまいます。

比喩的に言えば、「今日」に縛られるのです。どんなに明晰な人でさえ、せいぜい考えられるのは「明日」のこと止まりです。ネガティヴな心象に捕らわれたとき、「今日」を考えたって「明日」を考えたって、このネガティヴな状況から脱することができるとはなかなか思えないものです。それは仕方のないことであり、いわば当たり前のことです。

そこで「明後日(あさつて)」なのです。明後日の自分を想定してみる。その想定した明後日の自分から今日の自分を顧みてみる。そういう想像力を一所懸命に働かせてみる。それがいま自分の置かれている状況をメタ認知してみることにつながります。一度やってみるとわかることですが、こうした発想は思いの外自分の気持ちを楽にしてくれるものです。

こうした発想法を私は「明後日(あさつて)の思想」と呼んでいるわけです。

ただし、この語は私のオリジナルではありません。ある年の夏、国語教育関係の学会の前日に、山梨大学の須貝千里先生と二人で酒を酌み交わしていた折、須貝先生の口からふと出た言葉です。須貝先生が何を参考にこの語を用いたのかは私には知る由もありませんが、私は瞬間的に膝を打ち、時間が経つにつれて私の中に浸み入り、遂には私の生き方を規定するような思想として形成されたのでした。

須貝先生にはいくら感謝しても感謝し尽くせません。

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