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マイクロ・ディベート

認知心理学に〈メタ認知〉という概念があります。「『認知についての認知』という意味であり、自分自身の認知能力を把握したり、認知過程をモニターし制御すること」(『グラフィック認知心理学』サイエンス社)と定義されます。生徒たちの学校生活での動向を観察していて、最近殊に低下しているなと思われるのがこの〈メタ認知〉の能力です。

考えてみてください。学級経営や生徒指導において、私たち教師が手を焼いている一番の原因は、生徒たちが自らの立場や考え方にあまりにも強く固執し続け、独善的な判断による言動を重ねてしまい、なかなか広い視野でものを考えたり捉えたりということができないところにあります。自分とは異なる立場や考え方があること、自分の言動が他人から見てどう見えるのかといったことに配慮できない傾向が強まっているのだといえます。頻発する生徒同士の小さなトラブルも、その多くがこの構造に起因しているように感じます。

昨今の生徒たちに見られるこのような傾向に対して、私が有効な手立てとして強くお勧めしたいのが〈マイクロ・ディベート〉です。概ね、次のように進めます。

①ワークシートを配布し、ある論題(例えば、札幌市立北白石中学校は制服登校を廃止し、私服登校にすべきである)に対して、賛成・反対の根拠を列挙します。双方とも八つ以上、その根拠を列挙することを目指します。

②三人一組になり、Aさん・Bさん・Cさんを決めます。

③第一回戦はAさんが賛成派、Bさんが反対派、Cさんがジャッジを務めて対戦します。対戦が終わってジャッジがなされたら、簡単なシェアリングをします。

④第二回戦はCさんが賛成派、Aさんが反対派、Bさんがジャッジを務めます。

⑤第三回戦はBさんが賛成派、Cさんが反対派、Aさんがジャッジを勤めます。

この①~⑤までの一連の流れでワンセットです。この後、二連勝同士、一勝一敗同士、二連敗同士で組み替えをして、もうワンセット行います。それが終わったらもうワンセット……というふうに、同じ論題で8セットくらい取り組みます。いろんな人たちと対戦している間に、賛成・反対双方ともに根拠がどんどん増えていきます。他の人が用いていた根拠をどんどん学んでいくわけです。

最後に、その論題に対して、自分の考えを一二○○字程度のレポートにまとめて提出します。いろいろ折り方はありますが、私の場合、レポート執筆の際、①根拠を三つ以上挙げること、②反論の想定(「確かに~という考え方もあるかもしれないが、しかし、~という理由から~と考えるのが妥当である」という、いわゆる「イエス・バット構文」)を最も重要と思われる根拠の論述に必ず入れることを課します。

ディベート学習を議論の練習をする場と理解し、口先だけの人間をつくることになると批判する方がいらっしゃいます。また、肯定・否定双方の立場を体験することから、生徒たちに本当に思っていないことを語らせるべきではないと批判される方もいらっしゃいます。しかし、私はどちらも一面的な見方だと感じています。ディベート学習は、ディベートによってディベートを学ぶのではなく、ディベートによって多角的なものの見方を学ぶ学習なのです。様々な立場で議論してみることによって、一面的で独善的になりがちな個人の視野を広げるための学習といえます。議論に関するスキル学習というよりは、むしろ認識の在り方の学習というべきでしょう。

もしもあなたの学級の生徒たちに一面的な捉え方をする傾向が見られるとしたら、もしもあなの学級の生徒たちに独善的に判断する傾向をもつ生徒たちが多く見られるとしたら、そうした実態の打開にディベート学習は大きな効力を発揮するはずです。それも生徒個々人が独自に広い視野をもつようになるのではなく、学級の仲間たちの考え方や述べ方に学びながら、少しずつ広い視野を獲得していき、物事を多角的に見つめ考える力が培われていくのです。

実はこうした多角的なものの見方、考え方が苦手なのは決して生徒たちばかりではありません。教師は含めた大人たちもまた、一面的に物事を捉え、独善的に判断しがちです。そんなとき、自分はいま○○という判断をしようとしているけれど、それは独善に陥ってはいないだろうか、いまの自分には見えていない、もっと違う可能性がないだろうか、こう考えることが必要なのではないでしょうか。まさに〈メタ認知〉です。しかし、多くの人々はこうした思考ができないという現実があります。

今後の社会をつくっていく子どもたちに、こうした思考力や認識力を培うためにも、〈マイクロ・ディベート〉は有効なアイテムなのです。

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