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晴れて忘れることができる

昨日の卒業式を終え、今日は通常の5時間授業。送別集会を終えたばかりだというのに、放課後は既に生徒会役員と新入生歓迎会の企画会議である。忙しいというわけでもないのだ゜が、やることがあるというのは良いことである。

授業は4時間。1年生書写は5年生の漢字。2年生の国語3時間は一つが「走れメロス」のビデオの後半、二つは漢字である。今日は2年生にいよいよ入試を見据えた話をした。生徒たちは真剣に耳を傾け、くそ面白くもない漢字練習に真剣に取り組んだ。空き時間は漢字テストの印刷を1000枚以上。何度かの印刷機のトラブルでけっこうな時間がかかった。

昨日の卒業式は途中で車を飛ばして、前任校の卒業式を見に行った。上篠路中学校である。担任していた小さな男の子の背がずいぶんと伸びていたり、大声を張り上げて返事をする男の子がいまだに不必要な大声で返事をしていたり、生徒というのは、いや、人間というのは2年くらいではそう変わりはしないのだということがよくわかる。

学級減に伴い、1年生のときに組んでいた学年の先生3人がいまは3年生を担任している。馴染み深い3人の担任が呼名しているのを見ていると、自分がそこにいないことが不思議な想いがしてくる。あの3人とともに、ぼくは4年間、いくつもの壁を乗り越えたのだったっけ。遠い昔のことのような気もするし、つい最近のことだったような気もする。ほんとうは生徒たちの歌が聴きたかったのだが、全員の卒業証書授与を見たところで失礼する。

この子たちが卒業すれば、ぼくは晴れて上篠路を忘れることができる。

勤務校の卒業式は滞りなく進んだ。落ち着いた、愛される3年生だった。学年団の結束力も高く、敬意を表する。生徒会役員の6人以外とは接することのなかった生徒たちだったが、間違いなく良い学年だった。自分の所属する2学年も、最近、新たな落ち着きを示している。一段階大人になったな、と感じられる今日この頃である。

※中島みゆきの「キツネ狩りの歌」を聴きながら……。

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中島みゆき/1980

名盤である。松山千春と中島みゆきが北海道の誇りと感じられた頃の、代表的な秀作である。ちょっと他のアルバムとは比べられないような、未熟さ故のパワーみたいなものが感じられる。中島みゆきの一つの頂点である。

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