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こまごまと考えさせられる

1時間目は空き時間。何をするでもなく、事務仕事を少々と机上のプリント類をシュレッダー。4組は「徒然草」の音読テスト、5組は「夏の葬列」の範読と音読練習。1年生の書写が二つ。一つは行書「栄光」の清書、もう一つは図書室で読書。6時間目終了後、校長に呼ばれて教員評価関係の面談、生徒会活動の3学期の打ち合わせ。放課後は全校協議会のあと、生徒会役員の生徒会誌原稿のチェック。それほどまずい文章はなく、簡単に終わる。校長の希望を生徒たちに伝える。生徒会長はすぐに取りかかるとのこと。職員室に戻り、一覧表をつくりたかったのだが、成績小票の管理職点検が上がってこない。評定の打ち込みは明日に回して、17時過ぎに退勤。

帰宅後は雑誌の連載原稿の仕上げ。学級経営本の執筆。順調に進んでいる。ゆるゆると取り組んでいるのだが、来週には完成しそうである。これが終わったら、国語の本を書こうと考えている。義務教育で培うべき言語技術に関するぼくなりの体系を示す。1997年以来、13年の歳月をかけて取り組んでいた言語技術の体系が一応の完成をみた。中締めといった感じである。ここで一度、提案しておく必要がある。160頁くらいのハンドブック的なものになればいいのだが……。こちらは冬休み中に完成させたい。

今日は教員評価の校長面接があり、2回目の学校評価のプリントが配付された。どちらも2000年代の前半、学校批判が喧しい頃に制度化されたものである。前者は指導力不足教員の排除を目的として、後者は学校選択制の導入を視野に入れながら。いまとなってはどちらも文句が出ない程度には定着してきたけれど、どちらも教員に焦りを感じさせない程度には形骸化している。ぼくは前者には反対、後者には賛成の立場だが、双方ともに、もっともっと機能させることができるのに……と感じずにはいられない。

授業では「夏の葬列」の範読に水を打ったような静けさ。教師は範読力、要するに朗読力を身につけなければならない。いわゆる「読み聞かせ」が従来以上に効力を発揮する時代が来ているということに、多くの国語教師が気づいていない。

今日は何があったというわけでもないが、こまごまと考えさせられることの多い一日だった。

※MADONNAの「HOLIDAY」を聴きながら……。

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1983

こういう超ピックになってしまった人間のファーストアルバムを聴くのが好きだ。特にMADONNAのファーストには、人間の業ともいうべきものが感じられて格別である。全曲、なんというか、MADONNAらしからぬひたむきさが感じられてとてもいい。セカンドの「LIKE A VIRGIN」は既にキャラクターを決定させてしまった、これまたなんというべきか、「つくられた感」がむんむんするアルバムだった。「TRUE BLUE」にいたっては、もう売るためにつくられたとしか言いようのないアルバムだった。その点、このファーストはいい。「ベスト・ヒットUSA」で初めてMADONNAの「HOLIDAY」のビデオを見たのが、つい昨日のように思い出される。彼女は当時25歳だったはずである。

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