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もっと高い山に登る……?

最近、憤っているブログをよく読む。つい先日は野中さんが35人学級の見送りに憤っていたし、一昨日は山田くんがお医者さんに憤っていた。なんとなく羨ましい感じがした。

ぼくはここ2年ほど憤るという経験をしていない。怒りというものを感じない。自分でもなぜだかわからない。年をとって人間が出来てきたから……などではまったくない。そういうベクトルよりも、むしろ自分の中のパワーが落ちてきているせい……といったほうが近いのではないか、そんなふうに感じられるタイプの「憤らなさ」である。

読者の皆さんの中には、つい先日のブログで東京都の漫画規制に憤っていたではないか……と思われる向きもあるかもしれない。でも、ぼくはまったく憤っていない。あれは、こういうデメリットがあるのではないか、と冷静に考えてみたことを書いたまでである。憤っているように見えたとしたら、それはぼくの文体がそういうタイプの文体であるというだけだ。

「構造的な問題」というブログもあった。札幌市の教育課程研究協議会の国語部会での出来事を綴って、現場での国語科の実践研究の在り方に「構造的な問題」があるのではないか……と指摘した文章である。これもぼくは憤っていない。憤っているというよりも、むしろ哀しんで書いたものだ。そしてそこにはどこか、諦観も入っていた。石川晋がこのブログを取り上げてくれたけれど、石川晋の発言こそがぼくよりずっと前向きなのであり、ぼくは彼の書き方に違和感を感じたほどだった。

何度か校長先生への憤りじみたことを書いたが、それも別に校長に対して対立的に対応したわけではない。「それは校長先生のお仕事でしょう(笑)」という感じて、笑いながら申し上げたまでのことのである。つまり、やんわりお断りしたというだけのことであって、まったく憤ったわけではない。

研究会関係のML上のやりとりでも、代表という立場上、憤った振りをしなければならないことがあるが、これもまったく憤っていない。公務でもなんでもない民間の研究会というものは、すべて強制できないものであり、いろいろなことを人間関係とか、お互いの情で進めていかなければならないところがある。うまく行かないことがあるということは、ぼくなりによく知っている。自分にも幾多も経験があるからだ。

ここ数年で最後に憤りを感じたのは、ある若手教師がビデオ編集ソフトに7000円をかけるのはもったいないと感じていることを知ったときではなかったか。もう一年半も前のことである。

ある同僚とこんな話題になったとき、彼は「それは副担病だね」と言った。「生徒に説教するときも、どこか本気になれないでしょ?」というわけだ。

しかし、それも違う。ぼくは担任をやっていたときだって、生徒に本気で怒りを感じたことなどほとんどなかった。記憶をたどっても、少なくとも21世紀になってからは一度もないと思う。本気で怒っている〈振り〉をしているだけだ。起こってしまったことは仕方ないことだという感覚がぼくにはしみついている。それを蒸し返して怒りを覚えるということは、ぼくにはもともとほとんどなかった。これは「人間というものは、もともとどうしようもない悪徳を体現したような存在なのだ」という人間観がぼくの中にあるからだ。たぶん二十代前半の頃に、武田泰淳とか野間宏とか梅崎春生とか、第一次戦後派と呼ばれる作家たちから学んだ人間観である。

こんなことを書いたのは、昨日の通夜で、久し振りにK輔に会ったからである。ぼくが上篠路中時代に学年主任をしていた頃、1年間だけ期限付きでぼくの学年に配属になった教師である。彼の顔を見ながら、ぼくは「ああ、こいつには当時、オレは本気で説教していたな」と感じた。

そう。ぼくは上篠路時代、職員室で常に憤っていた。管理職にも、同僚に対しても。特に自分の学年の教師たちには。副主任の女の先生に対しては次の学年主任ができるように育てなければ……と感じていたし、担任の若者二人は早く一人前に育てなければ……と感じていたし、期限付き採用の若者たちに対しても1年間でこれからの時代を生き抜けるような教職感覚を植え付けなければ……と感じていた。だから、常に本気で、憤って、説教をしていた。

当時、ぼくを憤らせていたのは、間違いなく「責任感」だった。若者たちを育てなければならないという責任感。そして彼らの学級の生徒たちが担任が若者だからという理由で当然受けられるべき教育的利益を受けられないということだけは、学年主任として絶対に避けなければならないという責任感。この学年の生徒たち、そしてその保護者たちが損をする状況だけはつくるまいという責任感から、どちらかといえば利益誘導型政治家みたいな感覚で管理職にも対峙していた。これらの責任感がぼくを憤らせていたのである。

たぶんぼくがビデオ編集ソフトに7000円を払えないと言った若者に憤りを感じたのは、まだ転勤したてで、若者に接するときの上篠路時代の感覚が残っていたせいなのだろう、といまは思う。おそらく、いまのぼくならそんなことでは憤らない。

さて、この現在の傾向は、果たして、良いことなのか悪いことなのか。

これはいろいろ考えてみたけれど微妙である。ただ一つだけ言えることは、ぼくにとって、いまの立場は責任感を感じるほど重くはないというである。生徒会の仕事などというものは、たぶんぼく一人でも回せる程度の仕事なのである。たとえだれかがミスを犯したとしても、ぼく一人で充分にフォローができる。だから、生徒会部の先生や生徒会役員の生徒が失敗したとしても、ごくごく簡単にフォローができてしまう。心に余裕があるから、まったく憤りを感じない。たぶんこういう構造である。

よく、登山家が一つの山を制覇すると、それ以上に高い次の山に登りたくなる、という話を聞く。月並みな例だが、人間の本質を突いていると思う。ぼくはいま、要するに上篠路時代よりも低い山で、いや、もう山とは言えないような丘みたいなところで、のうのうと働いているのである。これが日常になっているものだから、すべて、物事を見る目がそんなふうに余裕のあるものになってきているのである。おそらくこの傾向は、ぼくにとってあまり良くないことなのではないか、という気がする。

ぼくにはいま、職場における自分の仕事の価値が見えすぎるほどに見えている。生徒会では、去年よりちょっといい、そういう、一歩進めはするけれど、決して事を荒立てるほどの大改革はしない、だけど確実に一歩だけは絶対に進める……そんな仕事の仕方をしている。言ってみれば、そんな仕事しかしていない。

開校40周年式典についても、他の学校の式典と比べて見劣りしない程度の、そういう式典をもともともっている演出力でうまくつなげた……そんな仕事の仕方しかしていない。

結局、最近、そういう自分の仕事の仕方がいやになってきているのだ。いやになってきているというよりも、物足りなくなってきているのである。

うーん……来年どうしようかなあ……。

ぼくは、自分が本気で何かをやろうとすると、ものすごい軋轢が起こって、ものすごい闘いの毎日になることをよく知っている。もうそんなことをする年でもないのかなあ、という気もする。腰も悪いしね(笑)。

※Charの「JAY」を聴きながら……。

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Char/2003

Charの21世紀2枚目のアルバム。昔からの盟友Jim Copleyとのセッション。いかにも70年代っぽい、いかにもCharらしい、めちゃくちゃカッコいいアルバム。 もう何度聴いたか知れない。車で聴いていると、特に高速なんかで聴いていると、どうしてもアクセルを踏みたくなる。

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