読むこと/情報教材2
【2日目】
模擬授業22/大野睦仁先生
とにかく素晴らしい教材だった。「たいせつなきみ」(マックス・ルケード)という絵本である。様々な人間関係要素を取り込みながら、それを独特の幻想世界として設定し、見事な世界観を構成している。不明にしてこれまでこの絵本を知らなかった。この絵本と出会わせていただいたことだけで、大野先生に感謝したい。帰宅してすぐにアマゾンに注文した。
いい発想のワークシートだった。アニマシオンを参考にした「九つの窓」にいくつかの視点をまじえたワークシート開発である。これは使えるとだれもが思うワークシートだった。その意味で汎用性の高い授業構成、授業展開だったと思う。
ところがこの教材をこのワークシートで゜どうしても切り刻みたくない。ぼくにはそう思えて仕方がなかった。感動した映画についてメディアリテラシー的に分析されたくない、感動した音楽について音楽理論的に分析されたくない、感動した文学作品について文学理論的に分析されたくない、そうしたタイプの心象を抱いてしまった。それだけこの教材がぼくの琴線に触れたということである。
大野先生のセンスのよさがぼくという人間には合わなかったということなのだろう(笑)。
同じような感想を抱いた参加者は何人かいて、解説者の一人大谷先生も「これは読ませるだけでいいんじゃないか」とおっしゃっていた。久し振りに文学的文章の言語技術指導の限界性について考えさせられた授業だった。
模擬授業23/三浦将大先生
三浦先生の授業は討論の題材として討論テーマに沿った資料を読んで、討論の論拠を整理させる授業である。教材として用意した資料のつくり方に三浦先生らしい丁寧さが見えて、大変好感のもてる授業だった。
こういうふうに力を入れて資料をつくるという授業づくりの在り方、教師がしっかりと準備してこの授業に臨んでいるんだぞという姿勢を見せることは、間違いなく子どもたちに影響力を発揮する。三浦先生の授業にはいつもそうした誠実さが垣間見られる。
ただし、今回の授業は相手意識の設定の仕方に具体性を欠いた感がある。討論における相手意識ではない。コミュニケーション手段として手紙がいいか電話がいいかという教科書に載っている討論テーマをもってきたのだが、そのためのま相手意識を具体化させようとして「遠くの人に誕生日のお祝いの気持ちを伝える手段として」という縛りをかけた。これが甘かったということである。
「遠くの人」は具体的なようで具体的ではない。手紙か電話かを考える要素としての人間関係が見えてこないからである。その「遠くの人」とはどの程度の人間関係なのかを想定しないと、手紙か電話かの選択のしようがない。友人や恋人が相手の場合と、お世話になった上司が相手の場合とでは、条件が変わってしまう。一般論として手紙か電話かを討論することは原理的に不可能である。
こうした討論を前提とした資料の読み取りをするのであれば、もっと不確定要素の少ないものがいいだろう。紙パックか瓶か缶かペットボトルかという四者選択の教材が中学校教科書に載っているが、こうしたテーマならこの問題は出てこなかった。
テーマ設定の大切さについて改めて考えさせられる授業だった。
模擬授業24/山下幸先生
山下先生らしからぬ(笑)おもしろい授業だった。札幌近郊のホテルのレビューを教材化しての実践である。
ニセコ・小樽・洞爺湖畔・支笏湖畔のちつのホテルのホームページに掲載されている本物のレビュー、要するにお客さんの感想とホテルとのやりとりを教材化して、家族旅行に行く想定でそれを読ませてホテル選びをさせるという授業である。「ことのは」がかなり以前から研究テーマとしている「情報読み」の典型的な授業構成に、新しい題材を取り入れて再構成して提示した提案性の高い授業で、参加者の評価も高かった。
「情報読み」にしても「活用力」にしても、実生活で何気なくやっている言語生活の構造を意識化させるという営みは、かなり重要な観点になる。その意味ではこうした教材開発はどんどんやっていくべきだ。
図らずも教材開発の良さが色濃く出た三本の授業だった。
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