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意味

仕事のあと、札幌駅に上條さんを迎えに行く。余裕をもって出たので、電車が着くまで少し時間がある。久し振りに北口に座り込み、街行く人を観察する。

まず驚いたのは、ネクタイをしている人の少なさ。午後7時。帰路に就くサラリーマンが大挙して歩いていたのだが、9割以上がノーネクタイ。クールビズってこんなに浸透しているか……と改めて実感させられた。

実は先月東京に行った際にも、同じようなことを感じたことがある。そのときは東京はこんなにクールビズが浸透しているのだなあ、札幌ではネクタイしている人をまだまだたくさん見るのに……なんて考えていたのだが、実はこの認識は間違っていたということである。考えてみると、通勤片道1時間の上篠路から片道6分の北白石に移って以来、市井に働く人々をちゃんと見たことがなかったのだということに気がついた。

第二に驚いたのは、パンツやスカートをウエストではく人の少なさ。30分ほど街行く人を眺めていたのだが、パンツやスカートをウエストではいている人をたった二人しか見なかった。しかも一人は70代とおぼしきおじいちゃん、もう一人は60代後半とおぼしきおばあちゃんである。二人とも上半身がものすごく短く見えて、周りの人たちとくらべてなんともアンバランスな印象、周りの風景と明らかにミスマッチなのである。

第三に、スーツでバシッと決めている女性の少なさ。昔、キャリアウーマンとかいわれた、スーツでバシッと決め、胸元や首のあたりにスカーフその他でちょっとだけ華やかなアクセントを施している……そんな姿はたった一人。40代とおぼしき女性だけ。それもファッションになどまったく関心のないぼくから見ても、明らかに時代遅れの印象だった。

そういや、最近は飛行機に乗っても、キャビンなんとやらがどこか野暮ったく見える。昔はスチュワーデスといえば、背筋を伸ばして颯爽と、足早に空港を歩いていたものだが、いまはどこか背中に丸みを帯び、数人でけらけら笑いながら、ゆっくりと、タラタラ歩いている印象がある。……先月、空港でそんな感想をもったことを想い出した。

ぼくらが生きてきた時代にはまだ垣間見られた職業的なアイデンティティ、それを身にまとう職業的な「型」とでもいうべきものが壊れてしまったのだな……そう感じた。それがいいことなのか悪いことなのか、ぼくには判断がつかない。伝統・文化を重んじる論者たちであれば大声で嘆くところなのだろうが、ぼくには嘆かわしいという感触も感慨もない。ただ、変わったなと思うだけである。

途中、北口のドトールでアイスコーヒーを買った。「テイクアウトで一番大きいやつを」というと、「かしこまりました」「ガムシロップとミルクはお使いでしょうか」とマニュアルどおりの言葉が次々に浴びせられる。

そのうちに、おもしろいことがあった。店頭の女の子がコーヒーの注がれた透明のプラカップに蓋をしめる。紙に包まれたストローを取り出し、口をつける箇所にだけ包み紙を残して蓋にさす。ストローを差し込んでから、ストローの残りの包み紙をとって渡そうとする。しかしその瞬間、彼女はストローの先端を飲みやすいように少し傾けるという作業を忘れていたことに気づいた。そして何の疑問も抱くことなく、素手でさっと折ってぼくに渡してくれた。

おいおい。それじゃあ、これまでの苦労が水の泡じゃないか。なんのためにこれまでストローの飲み口に直接触れることなく作業を進めてきたんだい……。

別にぼくは彼女の手が汚いとか、他人のさわったものを絶対に口にしたくないとかいった潔癖性はもっていない。だから、ぼくの立場から見ればそんなことは実はどうでもいいことである。最初から彼女がべたべたさわったストローを出されたとしても、おそらく何も思わないし、気にもならなかっただろう。

しかし、マニュアル通りとはいえ、これだけ直接ストローに触れるのを避けて作業を進めてきた中で、最後に小さなミスを取り返すために何のためらいもなくストローに直接さわるというのは、それも飲み口にさわるというのは、このマニュアルの意味を彼女が理解していないことの証なのではないか。ぼくはむしろ、この「マニュアルの〈意味〉を理解していない」というアルバイト店員の存在ということがやたらと気になる。アルバイトでもそこは理解していないとダメでしょう……と叫びたくなる。もちろん、ほんとうに叫んだりはしないけれど……。

アイスコーヒーをもって喫煙所に行き、そこから再び街行く人たちを眺めていると、だんだんと「自分の仕事の意味を一つ一つ考えながら仕事をしている人が、この中に何割いるのだろうか」という疑問が頭をもたげてきた。

上條さんを迎え、途中で加藤さんを拾い、熱々を囲んだ酒悦のおでんは、意味なんか考えさせる暇もないほどに美味かった。

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