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鈴木宗男

鈴木宗男氏の上告が棄却され、実刑が確定した。今日のインタビューでは、この時期に自分の上告棄却を決定することは、民主党代表選において小沢一郎候補に不利益を与えるために、意図的に「政治と金」問題を再び浮上させようとした「ドロドロとした意図」が垣間見られる……と、鈴木氏本人が明確に言葉にしていた。

確かにここ数年、検察にも法務省にも司法にも、こうした印象を与える判断やリークが多いのは確かである。実質的な国政選挙や政党の代表選挙といった大きな政治闘争さなかの逮捕やリーク。世論を席巻するような大事件が起こる度に、過去に似たような印象の事件を起こした死刑囚に施される刑の執行。そしてとうとう、司法までがこんなタイミングで上告棄却を決定するようになってしまった。

ぼくのような法律の素人でさえ、大袈裟に言えば「この国に民主主義はあるのか」と考えてしまうような〈何者かの意図〉を想像してしまう。

昨年夏の衆院選後、政界において我が北海道はボロボロである。

鳩山由紀夫が北海道選出議員初の総理大臣になったと喜んだのも束の間、十勝の石川議員の逮捕、北教組からの不透明な選挙資金の流れを指摘された小林議員、実母から政治資金収支報告書に記載されていない資金をもらっていたとされた鳩山首相、いまだ謎に包まれている(と言っておこう)中川昭一氏の死去、よくもまあ、こんなに悪いことが続くものだとぼやきたくなるような道内政治家の状況である。そして今回、これらに続いての鈴木宗男氏の上告棄却……ということになる。

今日のインタビューで鈴木氏は「新党大地は活動を継続。後継者が……」と話していたが、この状況で北海道が沸くためには、もう補欠選挙か知事選に松山千春でも出るしかあるまい。しかしこれとて諸刃の剣。確かに沸くには沸くだろうが、賛否両論が吹き荒れ、松山千春が30年をかけて築き上げてきた顔にもきな臭い匂いが漂うこと間違いなし。

ここまでを読んで、読者の皆さんは、ぼくがなんとなく鈴木宗男氏に親近感を抱いているように感じられたかもしれない。実はぼくは、高校1年のとき、十勝のあるホテルでアルバイトをしていたことがある。ホテルでパーティがあったときなどに、厨房から水割りやビールを運んだりする仕事、まあボーイみたいなものである。

ある日、そのホテルの大宴会場で中川一郎のパーティがあって、ぼくらバイトは300人くらいの出席者にたった8人でせっせと酒を運んでいた。政治家主催などという大人数のパーティに慣れていないぼくらは、「やれ遅い」だの「やれ皿を持ってこい」だのと言われ続け、裏ではぶつぶつ文句を言っていた。政治家のパーティとはいえ、出席者の多くは地元のおじさんたちである。酔えば言葉が荒くなる。

中川一郎は満面の笑顔で常に輪の中心にいる。中川昭一はどことなくすました顔でビールをつぐ。出席者のおじさんたちの言葉は荒い。そんな中で、酒を運ぶぼくらに「お兄さんたち、ご苦労さんだねえ…」とつばを飛ばしながら満面の笑みを向けてくれたのが鈴木宗男氏だった。いまよりもう少し前髪があって、いまよりもう少し髪が黒くて、ただ人としての印象はいまと何も変わらない。田舎くさいけど、いいおっさんだな……と感じたのを覚えている。

いまひとつ記憶が定かではないが、昭和57年の夏だったと思う。確かその数日後、中川一郎は札幌パークホテルで自らの命を絶ったのではなかったか。

ぼくがこの話を書くことは、決してぼくが政治的に鈴木宗男氏を支持していることを示すわけではない。そもそもぼくは、ここ数年の「新党大地」に対する比例代表以外、鈴木宗男氏に対する投票権をもったことがない。従って必然的に、鈴木宗男という政治家個人に投票したことはない。「新党大地」と書いたことがあるか否かは書くべきではないので、書かないでおく。

ただぼくが選挙権をもって以後もそのまま十勝に住み続けていたとしたら、高校時代のこの経験故に、投票用紙に「鈴木宗男」と書き続けたかもしれないな……とは思う。その可能性は否定できないな……と思う。ぼくが鈴木宗男という政治家に親近感を抱いていることは確かなことなのだろう。

こんなことを考えながら、やはり政治とか、選挙とかというものに、こうした親近感がかなりの重要性をもっているということに、今更ながら気づかされた次第である。

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