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都と鄙

今日は岩崎宏美の25周年記念ベストを聴きながら仕事をしています。

1984年のシングルに「20の恋」という曲があります。「はたちのこい」と読みます。作詞は康珍化さんです(ちなみに作曲は財津和夫)。

街で偶然に ねえ出会った時に

青いオフィスの制服に マニキュアの爪かくした

何も飾り気が ねえなかったころの

そんな私をいつまでも 覚えててほしいから

こんな曲です。ちょっとだけ、この歌詞の部分だけでいいので聴いてみてください。あまりにも美しいヒロリンの映像とともに、美しい歌声を聴くことができます(笑)。

これを聴いていて、ふと思ったことがあります。こうした「純な若者が外見を飾るようになったら、内面まで変わってしまったことを意味する」或いは「外見的に飾らない者こそ純である」といった、信仰にも似た歌詞を最近聴かなくなったな……、いや、最近などという話ではなく、岩崎宏美ファンたるぼくの個人的な感触でいえば、この曲以来、聴いていないな……という気がしたのです。

これはどうしたものか……。

それ以前、例えば70年代なら、「人ごみに流されて変わってゆく私をあなたはときどき遠くでしかって」というユーミンの歌声とか、「恋人よ いまも素顔で くち紅も つけないままか 見間違うような スーツ着たぼくの 写真 写真を見てくれ / いいえ 草にねころぶ あなたが好きだったの でも 木枯らしのビル街 からだに気をつけてね」という太田裕美の歌声とかがすぐに耳に聞こえてきます。

こんな歌詞を想い出していて気がつきました。

おそらく、80年代に「都と鄙」という対立が崩壊したんですね。考えてみると、田舎の純な若者が都会に出て変わっていくとか、子どもの頃の純粋さを失って物理的世界が広がったために飾り気が出てくるとか、かつてのこの手の歌はそんな世界ばかりが語られていました。こうした世界観の前提となる「都と鄙」という構造が崩壊すれば、こうした世界観自体がなくなってしまうのも当然のこと……というわけです。

そういや、ぼくが子どもの頃から聴いてきたふきのとうとか、松山千春とか、中島みゆきとか、北海道のフォークシンガーはこんな世界観ばかりを歌っていました。要するに「鄙の歌い手」だったということなのでしょう。

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