誘惑言語
一番綺麗な私を抱いたのはあなたでしょう……
久し振りにしびれるフレーズだ。このしびれ方は「あなたのキスを数えましょう」以来である(笑)。「一番綺麗な…」にしても、「あなたのキスを…」にしても、どこから、どんなふうにこんなフレーズが湧いてくるのか、2泊3日くらいの合宿でご伝授願いたいものである。そのくらい「うまい!」と呻ってしまう。
女性にとって「一番綺麗な私」とはいつごろのことなのだろうか。男性から見れば「○○歳くらい…」とすぐに言えてしまうに違いない。しかし、女性の立場なら…と考えると、想像力が起動してしまう。まあ、現在の中島美嘉の年齢ではないような気がする。
一番綺麗な私を抱いたのはあなたでしょう/作詞:杉山勝彦
あなたのキスを数えましょう/作詞:高柳恋
双方ともに男が書いた、男の想像力を喚起するフレーズである。女がこんなことを考えることはまずないだろう(と思うが、自信はない)。いずれのフレーズにもそのフレーズの意味だけにとどまらない、失恋した女の性(さが)を彷彿させる趣がある。女性を完璧に描いたとされる有島武郎でさえ、こんなにも短い言葉で、こんなにも威力のある〈誘惑言語〉を書き得なかったのではないか。
いつだったか、寺田透が詩的言語のメタファ論で〈誘惑言語〉という語を用いていて、いたく感銘を受けたことがある。おそらく大学生の頃だったと思う。詩言語における比喩性はその誘惑性の高さの如何によって評価されるとの論理であるが、言い得て妙とはまさにこのこと。
あなたに逢いたくて 逢いたくて 眠れぬ夜は
あなたのぬくもりを そのぬくもりを想い出し
そっと瞳閉じてみる
松田聖子の書いたこのフレーズと比べてみれば一目瞭然である。同じ失恋を描いていても、この詩は男を誘惑しない。直截すぎて、具体的すぎて、ひねりがなくて、したがって女々しいだけである。
ところが、「あなたのキスを数えましょう」と言われた日にゃあ、男の感じる罪意識はキラウェア級に大爆発。更に、「一番綺麗な私を抱いたのはあなたでしょう」と来たら、それはもう一気にビックバン級である。この誘惑度は形容しがたいメガトン級である。世にこれがわからない男性も多いだろうが、それはその男性の言語能力が低いのである。
ぼくの感慨は中島美嘉や小柳ゆきのルックスや歌唱力とは何ら関係のないところでクラッシュしている。この二人のシンガーはぼくの嫌いタイプのシンガーであり、これまで一枚もCDを買ったことがない。あくまで感慨の対象は言葉である。
この二つのフレーズはスゴい。
ただ一つだけ気になることがある。高柳恋さんって男ですよね? もしこの人が女だったら、ぼくのこの論理はすべてハジョウ……いや、破綻してしまいます(笑)。
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コメント
もちろん、男だよ。そろそろねよう。
投稿: まるしん | 2010年9月16日 (木) 01時56分
そりゃよかった。ありがとさん。
投稿: 堀裕嗣 | 2010年9月19日 (日) 21時13分