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Twitter革命・2

この本を読んで、一箇所だけ頁を折ったところ。

【引用開始】

もちろん、震災の今を伝えるために、神戸の外からテレビ局や新聞社が大挙してやってきた。ただし、彼らが向いていたのは震災の外の世界であって、被災しているボクたちの方ではなかった。

途方に暮れるお年寄り、泣き叫ぶ乳児、炊き出しの行列に並ぶ人々。テレビは神戸の惨状を配信した。「かわいそうな被災者」の現状をインパクトのある映像で見せる技術は、ボクなどとうてい太刀打ちできない。

もっとも、彼らが見せる「衝撃の映像」は「食事時でも見せられる」という条件が付く。糞まみれのトイレ、野ざらしになった遺体などは決して表に出ることはない。また、当時の神戸では、いわゆる「マル暴」の人々がボランティアで活躍したり、お風呂に入れない人たちのために、市内のソープランドが浴場を無料で開放したことがあったが、そのようなエピソードは絶対に伝えられることがない。子ども達が「まっきんきんのお風呂、おもしろーい」とうれしそうにはしゃぐ様子は、ステレオタイプな“美談”の定義には入らないようなのだ。

【113~114頁/引用終了】

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