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仕事を〈経済〉で考えるということ

教員評価制度の年度末面接の時期である。1年間を振り返りながら、教員と校長が面談する。そういう時期だ。

給与格差をつけるということは、教員の仕事に経済原理を持ち込んだということである。このことがわかっていない管理職が多いのではないか。最近、各校の教員評価に関する話を聞いていて、そう感じることが多い。

さすがに具体的な話をすることはできないので、一般論として話をしていこう。

これは能力のある教員にとっては、ある意味で、かなりおいしい制度になる。

制度を導入する側にとっては、教員評価を導入し、給与格差をつければみんなのモチベーションが高まり頑張るようになる、ということを想定したはずである。しかし、半年で3万や5万や10万といった格差をつけたところで、モチベーションなど上がるものではない。みなのモチベーションを高めるためには、評価の低い教員は生活がままならなくなるくらい落とさないと無理である。頑張らなくても食っていけるのではあれば、そしてそこそこの生活を維持できるのであれば、別に頑張らなくてもいいやと考える教員は、管理職が予想するよりもはるかに多い。特に30代~40代の基本的メンタリティはこういう傾向にあるとさえいえる。

或いは逆に、評価の高い教員には月に10万、そこまでいかなくても月に5万程度つけるというのであれば、頑張ろうとする教員もいるかもしれない。

更に言えば、実はこの制度は、能力のある教員から見れば、3万とか5万とか、この金額さえもらわなければ、頑張る必要がなくなるということを意味してもいる。この金額さえ諦めれば、オーバーアチープをしなくていいよとか、学校経営に参画しなくていいよとかというお墨付きをもらったことを意味するのである。つまり、その能力のある教員を管理職が頼ろうとしたときに、ぼくは評価の低い教員ですからそれをする必要はありません、評価の高い教員に頼んでください、といえるということを意味するのである。

ぼくはこの制度が導入されたとき、すぐに校長に言った。

「ぼくをCにしてください。C評価をもらえば、働きはそこそこでいいということですよね。」

さすがにそれを聞いて校長は青くなっていた。そして、とても困った顔をした。長い沈黙が続いた。ぼくはその沈黙に絶えかねて、またそのときの校長がとても「いい人」だったこともあって、仕方なくその言葉を撤回した。校長は「堀さん、ありがとう」と言っていた(笑)。

実は、勤務校が次年度、開校40周年を迎える。周年行事というのは、一般教員からみればオーバーアチープが要求される。例年ならない仕事がその年だけ降ってわくわけであるから。とすると、こういう年にC評価をもらえるといいなあ、と思うのだが……。少なくとも周年行事関係の仕事を中心的に担うことだけは断っていい、そういうお墨付きをもらえることを意味するからだ。

仕事を〈経済〉で考えるということはこういうことなのだ。おそらく、多くの管理職が教員評価制度がこうした見解に理を与えてしまう制度だということに、その構造的欠陥に気がついていない(笑)。

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コメント

書き込みは初めてです。いつも興味深く拝読させていただいております。46歳小学校教員(北海道)です・・・仕事を〈経済〉で考えるということ・・・同感です。
 青木雄二さんの本が好きで、読んでいて感じることがあります。教員家業やっていると、一般論だけど<経済>で考えることを忌み嫌うというか、苦手とするというか、そういう感覚ありませんか?中学校だと、部活手当とか担任手当とかも、考えてみる価値はあると思うのですが、そういうこと考えたり、言ってはいけない・・・みたい空気・・・
 教員評価制度がこうした見解に理を与えてしまう制度だということに、その構造的欠陥・・・その通りだと思います。課題ですね。

投稿: 丸山裕淑 | 2010年2月 7日 (日) 18時51分

コメント有り難うございます。おそらく行政は、こんなにも職員室が「共同性」によって支え合っていたということを知らなかったのだと思います。しかも、教員の仕事の成果が出るのに時差があるということにも考えが及んでいない気がします。数値目標を出せというのは、ちょっとこの世界には馴染みませんね(笑)。

投稿: 堀裕嗣 | 2010年2月 9日 (火) 23時46分

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