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叩く側と叩かれる側

あるブログにこんなことが書かれていた。

「この資料を使った授業については〝それなりの知識〟を持っている私は、授業開始から15分ほどでその教室を出た。ここまでの子どもたちの「姿」や教師の言動を見て、自学級の子たちを「自習」させるのはもったいないと判断したからである。/子どもたちは返事もせず・挙手もせず・声も出さず、教師はそうした子どもたちに対して何一つ手を打たず・マスクをしたまま教卓の「指導案」を何回も見ている――これだけで〝十分〟。それ以上参観する意味はない。/発問・指示をどうするといういわゆる「教材研究」以前の問題である。4月から8ヶ月ほど経っているのに、学級に活気がない。子どもたちと年齢的には近い「若者」でありながら、子どもも教師も授業の中で自身を〝さらけ出して〟いない。/授業は、子どもとの格闘の中核的ステージだ。授業の中で、返事・発言・集中・スピード・姿勢・作法等を指導していくのだ。返事もしない子に対して何もしない・「答え」が分かっているのに挙手しない事態を放置する、こんな事を教師が毎日一年間やっていたとしたら、その学級の子たちは〝哀れ〟だ。自身の持つ潜在力を発揮できぬまま、伸び盛りの一年間を過ごすからである。」

この文章を読んで、ふと考え込んでしまった。

この文章を読んで、一般の…というか普通の教師はどう思うのだろうか、と。

ぼくはこの書き手を批判したいのではない。実はぼくもこの手のことをよく思い、考える質である。それどころか、ここ数年は、自分の授業を自習にしなければ参観できない授業は見に行かなくなっている。校内で行われる「授業交流」とか「教科内授業公開」とかいう類のもののことだ。

実はぼくが考え込んだのは、このことではない。この文章に「その新卒の先生にはそのことをご教授なさったのですか?」というコメントがついた。それに対して、この書き手の先生が「どなたか存じませんが、コメントありがとうございます。授業後の『感想用紙』にミッチリ書き、それとは別に、「手紙」を添えて『とっておきの道徳授業』をプレゼントしました。」とレスを返していたのである。

ぼくは驚いた。

「なんという優しい人なのだろう」

と同時に

「なんという自己顕示欲の強い人なんだろう」

とも。

ぼくは授業さえ見に行かない。数少ない見に行ったときでさえ、「感想用紙」にミッチリ書くということもない。ましてや、「感想用紙」とは別に「手紙」を添えて本を贈るなどということは、人生でただの一度もない。「ああ、こういうところがぼくの運動家ではないところなのだなあ…」と感慨深く考え込んだ次第である。

ついでに考えた。この授業者の新卒教師はこのっ「感想用紙」と「手紙」と「本のプレゼント」とを、自分の中でどう整理するのだろう。ぼくがこうされたなら、間違いなく有り難いと思う。でも、それはぼくが民間教育の活動の中で、こうしたやりとりに慣れているからである。一般の、普通の新卒教師の脳みそは、先輩教師によってなされたこれらの行為をどう処理するのだろう。

ポジティヴに捉えられる教師とネガティヴにしか捉えられない教師とでは、比率的に何対何くらいだろう。ぼくの感覚では、おそらく999:1くらいではなかろうかと思われるのだが……。

ぼくが考え込んだネタとはこのことである。ぼくらより上の世代には「叩くことによって育てる」という風習がある。ぼくにも確かにそれはある。

しかし、ぼくにとって、それは非常に近しい人間に対してのみ行う育成法である。もっといえば、プライベートの研究会で付き合っている若手に対してのみである。職場ではまったくしないかと言われればそうでもないのだが、それでも職場でなら自分の部下の20代前半のみである。自分の部下でも教職3年以上の者だったり、ましてや自分の学年に所属していない教師だったりには、絶対にそういう「叩く指導」はしない。そしておそらくそれは、教職3年以上なら「もう3年もやってるんだから自分の頭で考えな」であり、自分の部下でない場合には「おれには関係ない人だ」なのである。

「叩く指導」は、「叩かれてもいい」と思っている人によって「叩く指導」が行われた場合にのみ機能する。「叩く指導」の良さを「叩く側」が判断しておこなっても逆効果である。ぼくはそう思っている。

ただし、これには時間の問題がある。かなり長く「叩く指導」を行い続けた場合には、その「叩く指導」が最初は嫌がられていても、時が過ぎ、「叩かれる側」がものがわかってくると気づき始める……という場合がある。これを想定する場合には、「叩く側」に「ちゃんとこいつに付き合おう」という覚悟が必要になる。

ぼくにはそれがないから、遠い人は叩かない。

うーん。

ちょっとだけ考え込んだ結果、今日はここまで考えた。

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