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担任陣が通知表所見を書き始めている。推薦入試を受ける生徒たちが「自己アピール文」の下書きを書き始めている。両方を見ていて、思うことは同じである。

どうしてみんな、抽象的な文言が好きなのだろうか。

例えば、「行事にも授業にも意欲的に取り組んでいた」とか、「貴校は行事も部活動も盛んで、進学指導にも熱心だと聞いているので」とか、そんな文言ばかりである。

どうして「合唱コンクールではパートリーダーとして勇気を振り絞って人前に立ち」とか、「学校説明会で紹介されていた学校祭をとても楽しみにしている」とか、素朴で、具体的な文言を綴れないのだろうか。

これだけ「形」のくずれた世の中だというのに、公的な場面では「形」だけを構成する風潮が強まっている。

そんな気がしてならない。

もちろん「形」は大切である。しかし、大枠として「形」をくずさない中に、キラリと光る言葉、「形」と釣り合いを保ちながらもつい溢れ出てしまったというタイプの言葉、そういう言葉にこそ価値があるはずなのに……。いま、人々は「形」を整えることだけにとらわれすぎている。就職の面接、自己アピール文、そして依頼状・礼状などなど。

「形づくり」に四苦八苦している人たちなんかに、何の魅力も感じない。

「形」というものは「中身」が一体化して、凛としたオーラを発してこそ価値がある。そういうものである。「形」が芳香を発するのはそういうときだ。

「中身」の伴わぬ者が見よう見まねで「形」だけを整えてみても、それはかえって滑稽でさえある。いまの世の中、子供から大人まで、そういう事例だらけだ。

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