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2009年6月

研究の夏

明日から7月。

夏休み中に参加することになっている研究会の内容が次々に具体化されている。今日はとうとう日文協の夏期研究集会シンポジウム要項用の原稿まで依頼されてしまった。

また、研究の夏がやってくる。

資料をつくっては研究会、資料をつくっては研究会、二重に資料をつくって研究会・研究会、こうした日程が続く夏である。

苦しくも愉しい、あとで振り返るとあそこで発見があったのだと実感できる、そんな夏でもある。

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ジンザイ

組織にとって益になる人のことを「人材」と呼びます。

組織にとって益にも害にもならない、ただいるだけの人のことを「人在」と呼びます。

組織にとって害にしかならない人のことを「人罪」と呼びます。

組織にとってではなく、社会にとって、或いは世間にとって、その存在自体が有益な人のことを「人物」と呼びます。

人として生まれたからには、やはり、「人物」を目指したいものですなあ。

ちなみに、今年の私は「人在」です(笑)。

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なんの問題もない

いつのまにか、3週間も更新のない期間が続いた。その前もぱらぱらとしか更新していなかったので、6月に入ってからはほとんど更新しない毎日が続いたということだ。

特に忙しかったというわけでもない。書きたいことがなかったわけでもない。PCに向かわなかったわけでもない。しかしなぜかブログを更新しない毎日が続いてしまった。

日記を見直してみると、上旬は野外学習・球技大会と続いた行事ビデオの編集に熱中したこと、中旬は「国語科授業づくりセミナー」「中学校・学級経営セミナー」と続いた研究会の準備に熱中したこと、下旬は5年振りに著作を上梓しようと本の執筆に熱中したことが原因であるらしい。事実、昨日も今日も、本の執筆に10時間以上熱中していた。それも昨年度の1年1組の生徒たちとの出会いをひとつひとつ思い返しながら。それが妙に愉しかった。

なーんだ。

どれもこれも、ブログの更新よりも重要なことばかりじゃないか。

なんの問題もない。

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模擬授業ができる!

今週末、「研究集団ことのは」主催の「中学校・国語科授業づくりセミナー」がある。堀・森・山下が授業参観用の模擬授業を4本ずつ行うという内容である。

今日は計画年休。

朝から私用を済ませ、夕方からこの研究会の資料づくりを始めた。

ワークシートづくり、そして指導案づくり。

いつの頃からか、ぼくに依頼されるのは講演か講座になった。40代になると同時に模擬授業の依頼がほとんどなくなってしまった。年をとるってのはこういうことなんだなあと思ったことは、一度や二度ではない。

それが今回は、4本である。

かなり力を入れてつくっている。いや、力を入れようと思わなくても力がはいる。そんな感じである。

なんだかんだ言っても、授業の形で提案するのか一番いい。40になろうが50になろうが、教師は教師なのだから。

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春ゆく

野外学習関連の4回目の学年集会。

今日は2日(火)の野外学習当日のビデオを上映。「風のとおり道」や生徒が斉唱した校歌、小田和正の「たしかなこと」に載せて、生徒たちの活動の様子を上映。

各委員長のスピーチ、学年主任のまとめの話、どれもこれもこの2ヶ月の取り組みを肯定的に評価するものばかり。生徒たちの反省アンケートの集計も終わり、その満足度の高さがうかがえる。

今年も春が終わり、本格的な夏がやってくる。

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1Q84

村上春樹の新作『1Q84』(新潮社/BOOK1・BOOK2各1800円)を読み終えた。

『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』や『海辺のカフカ』同様、二視点の並走で始まり、両者がスパイラルに融合していく物語構成である。「青豆」なる女性主人公の物語と「天吾」なる男性主人公の物語とが1章ごと交互に展開するわけだが、この冒頭の1・2章の書き込みが見事である。読者を捕らえて放さない吸引力を遺憾なく発揮しながら、それでいてその後の伏線に溢れている。相当な時間をかけて書き直したはずである。

特に第1章、「青豆」の冒頭はすばらしい。

ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」

「歴史」なるものの意味・意義

首都高の非常階段

左右いびつな顔

ミニスカート・ハイヒール・ストッキング

こうしたアイテムが見事にその後の伏線となっている。

「見たければ勝手に見ればいい。スカートの中の何を見たところで、私という人間が見通せるわけではないのだ」(BOOK1/p27)というメンタリティも、後の展開のそこかしこにあらわれてくる。

ただひとつ。個性的なキャラクター、命を吹き込まれているキャラクターとしてこの章にあらわれる中年のタクシーの運転手、もっと言えば、その後のテーマをストレートに表現するこの運転手が、その後一度も登場しない。これだけが気になった。

ちまたの話題通り、ほんとうにBOOK3があって、そこで展開される物語の主要人物として用意されているのだろうか。いずれにしても、この人物がこのままであるはずがないように思われるのだが……。

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