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内側から思考させられる

「いじめの構造」(内藤朝雄・講談社現代新書・2009.03.20)を読んでいて、おもしろい記述に出逢う(p54~56)。

寄生虫がいつのまにか自分のなかに侵入し、わたしの内側からわたしを操作して、わたしにおぞましい生き方をさせてしまうとしたら、これほど不気味なことはない。(中略)

だが、社会が寄生虫だとしたら!

つまり、わたしたちが集まってできた社会が、いつのまにかわたしに侵入し、内側からわたしを操作して、おぞましいやりかたで生きさせてしまうとしたら、それは吸虫やハリガネムシやポリモルフス・パラドクスス以上に不気味である。

これはぼくらの社会生活の中で充分にあり得ることだ。あり得ることというよりは、ぼくらの生の本質であるとさえ言える。ぼくらはぼくらのアイデンティティをもっていると信じて疑わない。いや、一応、アイデンティティをもっていると考えてもよいのだが、ぼくらのアイデンティティがオリジナリティをももっていると考えるのは間違いである。

ぼくらは両親の特殊性によって与えられたフレームから決して自由になれないし、この世に生を受けた世代的なフレームから逃れることもできない。ぼくらはそうと意識できないままに浸食されたそうした「社会」によって、内側から思考させられているとみた方がいい。

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