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臨場/横山秀夫

新聞記者出身の作家は描写が下手だという思い込みがある。

しかし……。

「臨場」は次のような印象的な描写から始まる。

白い首にロープが掛けられた。女の体はぐねぐねとして正体もない。ウエストに回された男の腕が少しでも緩めば、すぐにもカラーボックスの上から床に崩れたがる。

女の眠りは深かった。それでも首の辺りに違和感を覚えてか、眉間に小さな皺を寄せ、んんん、と苦しげに鼻を鳴らした。それが合図になった。男は女の体を放し、爪先でカラーボックスを蹴った。

女の体が落下した。いや、次の瞬間にはガクンと宙で停止し、女の眠りは破られた。眼球のすべてを晒し、歯と歯茎を剥き出し、捩れた舌がそれだけ別の生き物であるかのように迫り出して蠢いた。そうして蛙の鳴き声に似たものを一つ、胸だか腹だかの深いところから発した。

ぶら下がり健康器の握り棒から直下に突っ張った洗濯ロープは、女の華奢な顎の下に深く噛み込んでいる。床上十五センチほどの宙をペディキュアの光る爪先が小さな弧を描いて彷徨い、その揺れに一拍遅れてロープの結び目が、ギッ……ギギッ……と部屋に軋み音を響かせる。

女の鼻孔から血の混じった鼻汁が垂れ、上唇に向かって筋を引いた。まもなく痙攣が始まった。下腹部が収縮し、ワンピースの淡い黄色がそのまま染みだしでもしたかのような液体が、するすると太股を伝った。それは膝頭を避けるようにしてふくらはぎに回り込み、フローリングの床に溜まりをつくって臭気をあげた。

男は疎ましげに見つめ、その視線を壁の時計に移した。午前零時十五分。

女の首筋から脈動が消えた。

男は踵を返し、部屋を横切った。手袋の指先が壁のスイッチを下げた。部屋は深い闇に落ちた。男は手探りで引き戸を開き、廊下に出た。女に振り向き、だが無表情のまま戸を閉じて玄関に足を向けた。

なんて見事な殺人場面だろう。しかも、たったこれだけの殺人シーンに、後の伏線が張り巡らされている。印象的な形象をつくるとともに、伏線の叙述も見事に配置されている。

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