清志郎
胸いっぱいに時代の風を吸い込む頃がある。
十代半ばから二十代前半といったところか。
夢みる頃を過ぎても、当時の風はべったりと全身を包み込み、決して逃れることができない。逃れようともがく季節を通って、人は、自らがその風を基礎に柱を組まねばならないことに気づきはじめる。
そんな、かつて同じ風を浴び、同じ風を吸い込んだ人たちを、ぼくらは「同世代」と呼ぶ。
忌野清志郎
ぼくらの世代にとって、彼は確かに「時代の風」だった。
それもちょっとやそっとの風ではない。台風なみの激風だった。刺激的なものを求め、おもしろく生きることを優先し、それでいて逆境には猛烈に弱い、そんな80年代的メンタリティに対して、清志郎は「そのままでいいんだよ」というメッセージを送り続けてくれた。
たぶん、清志郎を初めて見たのは「夜のヒットスタジオ」だったと思う。井上順と吉村真理の月曜10時の歌番組である。たしか「トランジスタ・ラジオ」だった。
なんだ、これは!
ぼくと同じように、そのとき初めて清志郎を見た人たちは、みなそう思ったはずだ。こいつはふざけてるのか。こんなボーカルがあり得るのか。コミックバンドか。それにしてはギターがやけにうまい。ブルースしてる。そんな印象だった。
でも、それもそのはず。彼らは怒濤の70年代をちゃんとくぐり抜けてきたバンドだった。「ぼくの好きな先生」や「雨あがりの夜空に」や「キモちE」や「ブン・ブン・ブン」や、そして何より「スローバラード」を聴くと、中学生のぼくらにもなんとも言えない同時代性を感じさせてくれたものだ。
ぼくらが高校生になると、もう「ぼくの好きな先生」や「雨あがりの夜空に」や「スローバラード」を知らない人間はいないほどに、彼らは時代の寵児になっていた。「サマー・ツアー」や「つ・き・あ・い・た・い」や「ベイビー!逃げるんだ。」が象徴的な楽曲となり、「BLUE」が、「BEAT POPS」が、「OK」が、象徴的なアルバムとなった。坂本龍一との「い・け・な・い ルージュマジック」なんてのもあった。そういえば、名盤「COVERS」でレコード会社やスポンサーを大騒ぎさせたこともあったっけ。いずれにしても、「Baby a Go Go」まで、彼らは80年代をぼくらといっしょに駆け抜けた。
実は、ぼくにとって、忌野清志郎は類い希な才能をもつ「詩人」である。
それは清志郎がソロ活動を始めて、「RAZOR SHARP」を発表した頃から、ずーっと感じていたことだ。
「俺は河を渡った Oh 渡った 暗い夜の河を 渡った 河を渡った ドロ水を飲んで おぼれそうになって 助けられたりして そう 俺は河を渡った」(WATTATA)
「曲がり角のところで ふり向いただろ こっちを見てたんだよね ベイビー ベイビー あの曲がり角のところで バックミラーにとんでいった あの曲がり角のところで」(AROUND THE CORNER/曲がり角のところで)
「子供の顔したアイツより 信頼できるぜ大人の方が 子供はすぐに気が変わる 約束なんかは 破られた方だけが 覚えてるのさ」(CHILDREN'S FACE)
「興味があったから あの娘にもあったから 二人で追求してみたのさ それだけのことだった それだけのことなのに あの娘に『帰ってきて』と言われたよ」(あそび)
「ガムをかみながら 隙間から海を見てた 霧が晴れた……かと思った ヒリヒリ痛い胸に」(IDEA/アイディア)
おそらくこの時期、清志郎自身に渡らなければならない「河」、ふと立ち止まる「曲がり角」、信頼できない「子供の顔」といったものがあったのだろうことは容易に予想されるが、鬱屈した社会的人間関係、性的な解放を謳いながらもどこか古風なところを手放せない男女関係、そして「免停」「キレル奴」「ブーブーブー」といった言葉にできないストレスのはけ口に至るまで、彼こそが疑いなく、ぼくらの世代の、あの時代の若者の代弁者に思えた。
相次いで発表されたチャボの「NAKAIDO REICHI BOOK」をも聴きながら、チャボが普通の言葉を独特の語りに載せて世界観を紡ぎ出すのに比べて、当時の清志郎は既に耳慣れたワンパターンのボーカルに幾重にも意味を象徴させた詩的言語を連鎖させることで、清志郎らしい世界観を紡いでいた。
チャボは朗読家、清志郎は詩人……。
二つのまれな個性がスパイラルに機能して、ぼくらをそのスパイラルに巻き込んでいく。それがぼくにとってのRCだった。
忌野清志郎に合掌。
きっと、高校時代にこれ以上ないというくらいへたくそに清志郎をカバーしていたNも、学生時代にぼくがバイトしていたカラオケスナックに必ず週末に来て「スローバラード」を歌っていたTさんも、「清志郎が私の恋人」と豪語してやまなかった保護者のKさんも、あの時代の風に思いを馳せながら泣いているに違いない。
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