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メタ認知とベタ認知

長年、学校教育の現場にも「メタ認知」が必要だと主張し続けてきた。鼻先のニンジンや足下の水たまりばかりに目を向けて、長期的な見通しをもつことなく社会学的に分析することもせずに、自分の身の周りに起こったことが世界のすべて…という教員があまりにも多いからだ。

ぼくはこういう人たちを、世界のすべてを身の周りのベタな小事象だけで認知している人々という意味で「ベタ認知」と揶揄してきた。彼らの気にかける事どもを、「メタレベル」に比して、「ベタレベル」とも揶揄してきた。

しかし最近、そういう人たちとは異なる、いや、真逆と言っていい人たちが教育現場に登場してきているのを感じている。「メタ認知」のみに興味をもち、「私には見えている。私はメタレベルに立っている。」ということだけをアイデンティティにして、その認識を「ベタレベル」に活かそうとしない人たちである。彼らのプライドを支えているのは、学校教育はこうこうこういう構造になっている、それを私だけが知っている、というものである。

形而下のみに生き形而上をもたぬ人間は確かに愚かかもしれないが、形而上の言葉遊びにのみ興じ形而下に踊らぬ人間は更に愚かである。

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