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ポジリスト/ネガリスト

1.心の教育 … 規範意識・道徳意識の醸成/道徳教育の充実

2.学力の向上 … 授業時間の増加/全国学習状況調査の継続/土曜日授業の可能性/国語教育の充実/英語教育の充実/理数教育の充実/読書指導の充実/国による到達目標の明示/客観的な絶対評価/IT機器の積極的導入

3.時代に合致したカリキュラム … 主権者教育/法教育/消費者教育/食育

4.指導力不足教員の排除 … 免許更新制/教員評価制度/学校評価の充実/学校選択制の積極的導入

すべて中教審・教育再生会議・新学習指導要領という経緯の中で、「学校教育の充実」の旗印のもとに政策として策定されたものである。主なものを挙げただけで、細かく見ていけばまだまだあるはずだ。すべてここ数年で制度化されたものか、新学習指導要領の施行とともに制度化されるものばかりである。

ぼくはこれらを考えるたびに溜息が出る。こんなものを、だれが同時にできるのか、と。これらすべてを真に受けて具体化し具現化できる学校が、果たしてあるのだろうか、と。

しかし、愚痴っても仕方がない。制度化される以上、学校に選択権はない。やらなければならないのだ。少なくとも形だけは整えなければならない。それが真に機能するかどうか別問題として、機能するように努力することだけは怠ることを許されない。それが政策というものである。

ただ、なぜ、こんなにも膨大な政策が次々に学校教育を覆い尽くすのかを考えるのは有益なことだ。

「主権者教育」は政治に無関心な国民が増えたために、長い目で見て教育の力によって国民の主権者意識を醸成することが必要と考えて掲げられたものだろう。「法教育」は裁判員制度の開始を控え、司法に参画することを国民の義務として定めた以上、教育の力によって国民の法意識を醸成しようと考えたものに違いない。「消費者教育」は消費社会がもたらした国民の自意識過剰と経済観念の崩壊に業を煮やした一部政治家・一部経済学者の提案であろうし、「食育」は日本の食文化の崩壊に危機感を持つ農水族の提案に違いない。「早寝・早起き・朝ご飯」運動はこの動きに小さくない理論的根拠を与えたはずである。

どれもこれも見事に、反論する余地のない「あったほうが良いもの」ばかりである。これらがあってもだれも困らない。むしろ「あること」を歓迎する。そういうものばかりである。これを歓迎しないのは、自らがただただ徒労的忙殺に浴さざるを得ない、全国100万の教員のみだろう。

しかし、「あったほうが良いもの」、もっと本音で言えば「なくても困らないけれど、あればなお良いと考えられるもの」が、堂々と学校教育の政策として、制度として掲げられるようになったのはいつの頃からだったろうか。

そんなに昔のことではないような気がする。少なくとも、90年代半ばまではこんなにも「あれもこれも」「次から次へ」という感触は、我々教師は抱いていなかった。どんな政策が策定されても、「うん、頑張ればできそうだ」と思うことができた。それがいまは……。

思えば、つい十年ほど前まで、「学校教育」はネガティヴ・リストで規定されていた。「偏向した思想教育はいけない」とか「特定の宗教教育はいけない」とか「体罰はいけない」とか「偏差値教育はいけない」とか「管理教育をし過ぎてはいけない」とか「教師が必要以上の権力をふりかざしてはいけない」とか、ちょうど憲法が国家権力の暴走に歯止めをかけるように、「○○してはいけない」という言葉で規定されていた。

それがいまは、完全にポジティヴ・リストで規定されている。「○○すべきだ」「○○が必要だ」「教師は○○しなければならない」「○○くらいできなければ教師とはいえない」といった、「あれもこれも主義」「次から次へ主義」による規定である。

なのに予算的な裏付けは一切なし。当然、人的な保障もなし。多くの地方行政は学校五日制さえ維持せよ、と言う。せめて教員の増員くらいしてくれればいいのだが……、いや、文科省がそれに動こうとした時期もあったのだが、それも大分の教員採用や管理職昇進に伴う汚職事件で立ち消えになった。

結局、ソフト面は増大!増大!増大! ハードの改革は一切なし。教員はただただ締め付けられ、なお一層の努力が求められる。そういう構造である。特別な能力のない、普通のおじさん・おばさん先生は肩身の狭い思いをし、能力のある教員たちは他人の何倍もの仕事を有無を言わせずに押しつけられてパンク寸前になっている。いや、既にパンクしている教員が何人もいる。そういう現実がある。

教員集団なんて、もともとそれほど能力のある者が集まっているわけではない。あの、偏差値教育時代に、どうにか努力してせいぜい偏差値55~60くらいを取り、地元大学の教育学部や教員養成カレッジにすべり込んだ人間たちの集団に過ぎない。スキルアップにも限界があると思うのだが……。

世論の動向とマスコミの報道を見ていると、「ポジティヴ・リスト的教育改革」が、再び「ネガティヴ・リスト的教育改革」へと移行する空気は、かけらも見られない。

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